連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

 雛子とは、いまも仲がいい。
 二年前、雛子は結婚をした。が、いまだに落語に燃えている。
「最近の噺家もいいよ」
 毎週のように寄席に通っている。佑理も何度も同行したが、基本的にはひとりらしい。夫となったひとは、落語には関心がないようだ。
「趣味なんか、ぜんぜん合わないよ」
 雛子は言っていた。
「旦那は戦闘機マニアで、部屋にいっぱい模型を飾っている。休みにはお仲間と集ってじっとりひそひそ楽しくやっているみたい。あたしたち、お互いにお互いの趣味には口を出さない、というのが了解事項だからね。好きなことをしている。八年つき合って、五年も同棲したからさ。上手に見て見ぬふりができるようになったよ。だから入籍したの」
「ふうん」
 佑理は恋人を持ったことがない。そのあたりの機微はわからない。
「好きな道は、しょせん孤独な一本道よ」
 雛子はうそぶいている。
「佑理だってそう思うでしょう?」

「一本道か」
 佑理は溜息をついた。
 ありがたいことに、学生のころほど、世間は狭くない。大人になるにつれ、生きやすくはなった。佑理も、昔よりは「好き」を隠すのも、表面的に話を合わせるのも、うまくなった。
 だが、人間は、本質的には若いときから変わらないとも、思う。同じような価値観が大勢を占めていて、そこから外れたものは嘲笑を浴び、見下される。
 世の中には、勝ち負けの基準値がある。多くのひとたちは、その基準値に自分を合わせようとしている。その基準値自体に疑問を持つことはない。
 友だちがいないのは、敗北者。
 恋人がいないのは、敗北者。
 たぶん、杉田課長が言っているのも、そういうことなんだよね。
「ソウイウコトナンダヨネ」
 佑理は白い犬を見つめる。
「こだま野郎」
「コダマヤロウ」
「やまびこ」
「ヤマビコ」
 こんなぬいぐるみを買って帰って、たこ焼きと焼きそばという夕食をとって、こんな風に過ごしていると知られたら、杉田課長にさぞかし憐れまれることだろうな。
 しあわせになれないよ。吉本さんのためを思って、言ってあげているんだけどなあ。
「うるせえ」
「ウルセエ」
「わたしは一本道を行くだけだ」
「イクダケダ」

 その夜。
 寝しなに読んだ推理小説は異常におもしろく、佑理は明け方まで眠れなかった。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん