連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

     三

「きみ、彼女いないの?」
 その朝も、杉田課長の快活な声が倉庫内に響き渡った。
「はあ」
 出入りの配送業者である里村くんは、学生服が入った薄めのボール箱を台車に積み上げながら答えている。
「彼女がいないんじゃ、休日は暇だろう」
 このさわやか馬鹿、女に対してだけじゃなく、男に対してもこういうよけいなことを言っているんだな。
 佑理は、舌打ちをこらえつつ、発送する箱の数をチェックしていた。
「どう、吉本さんを誘ってあげたら?」
 杉田課長は満面に笑みを浮かべて、佑理を指さした。
「このひともひとりぼっちで、休みの日は寂しくしているんだ」
 おい。
 佑理は持っていたボールペンを杉田課長の眉間に突き刺してやりたくなった。それほどに腹が立った。
 いくら何でもいい加減にしろ。
「無礼ですね」
 里村くんは、作業の手を止めていた。
「失礼を通りこして、無礼です」
 杉田課長の顔を真正面から見返しながら、静かに言った。
「おいおい、むきになるなよ」
 杉田課長は面食らったようだった。
「ただの冗談じゃないか」
「冗談にしてはまったくおもしろくないです」
 へえ、里村くん、言い返してくれたよ。
 佑理も少し驚いていた。驚きながら、胸の内でガッツポーズを作っている。いいぞ、里村くん。もっと言っていいよ。
「悪気はなかったんだ」
「悪気がない、で済まされるのは子供のうちだけです」
 いいぞ、いいぞ、どんどん言ってやれ。
「そう尖(とんが)るなよ。大人げないな」
「違いますよ。大人だから、大人として当然の反応をしたんです」
 ああ。
 佑理の手のひらがむずむずする。
 力いっぱい、拍手がしたい。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん