連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

「ただいま」
 マンションの部屋に帰って、佑理は白い犬に話しかける。
「今日はいいことがあったんだ」
「…………」
 白い犬は反応しない。ちょっと斜めからだったせいだろうか。
「気持ちがすっきりしたよ」
 顔の前ではっきりと言うと、今度は反応した。
「スッキリシタヨ」
「里村くん、いい子だよね」
「イイコダヨネ」

 里村くんは、二年ほど前から、佑理の会社に顔を出すようになった。入荷した注文品を確認したのち台車に載せ、四トントラックに積んで運び去る。年齢は不詳。佑理と同じくらいか、もしかしたらひとつふたつ若いかもしれない。おはようございます。今日は五十箱です。ご苦労さまです。最初のうちはそのくらいの言葉しか交わさなかった。が、慣れて来るにつれ、ぽつりぽつりと無駄口もきき合うようになっていた。
「おはようございます。今日は雨ですね」
 佑理が言うと、里村くんはこう返す。
「厭(いや)な雨ですよ。仕事辞めたい」
 また別の日は、こう返す。
「いい天気ですね。仕事辞めたい」
 つまりは、どんな日でも、仕事を辞めたくなるらしい。その割には真面目にきっちり業務をこなしているので、事務課のみんなからの評判は悪くなかった。
 杉田課長との「尖った」やり取りがあった次の朝も、佑理は里村くんと顔を合わせた。
「おはようございます」
 前日の一件が気まずいせいか、杉田課長は倉庫には姿を見せていない。
「昨日はがっつり言ってくれましたね」
 佑理としては、お礼を言いたい気分だった。
「おれ、杉田課長に嫌われたでしょう」
 里村くんは苦笑していた。
「いいんですよ。わたしもあのひと嫌いですもん」
 佑理は力強く断言した。
「言ってくれてよかったですよ。あれで少しは眼が覚めて、よけいなことを言わなくなればいいんだけど」
 口ではそう言いながら、無理だろうな、と佑理は思っている。あのあとで、杉田課長はこぼしていたのだ。
 里村はひどいよな。あんなにひどく吉本さんを拒むなんて、あいつの方がよっぽど無礼だよ。
 まるきりわかっていない。佑理はボールペンを握りしめて耐えるしかなかった。そういうことじゃねえんだよ。刺したい。

 


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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん