連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

     四

「その男を、部屋に呼んだ?」
 電話口の向こうで、雛子が素っ頓狂な声を上げた。
「あんたもずいぶん手が早いね」
「早くない。わたしたち、何にもしていない」
 電話番号を交換して、メッセージのやりとりをするようになって、三ヵ月。食事をし、映画を観に行き、軽くお酒も飲んだ。それだけだ。手も握っていない。好きだとも、つき合おうとも口にしていない。
 だが、先週の日曜日、別れぎわに言われたのだ。
 次の休みには、吉本さんの部屋へ行っていい?
「そいつ、告白もしないうちに、やることはやる気か」
 雛子がいまいましげに言う。
「遊ぶ気まんまんじゃない。そいつ、本当は奥さんがいたりしない? 大丈夫?」
 そう言われると、佑理も自信がなくなる。
「独身なのは確か」
 だと思う。少なくとも里村くん自身は独身で恋人もいないと言っていた。
「まあ、あんたがそれでもいいと言うなら、あたしは止めやしないけどね。お互いに大人なんだしさ」
「部屋に入れるって、やっぱりそういう意味なわけ?」
 雛子は、かかかかか、と高笑いをした。
「おとぼけだね、お代官さま」
 越後屋か。
「あんた、いっぱい本を読んできたんでしょう。昔からあたしよりよっぽど知識豊富だったじゃないの」
「うう」
 佑理はうめく。知識だけはね。
「耳年増だった。もっとも、今じゃ耳が取れちゃった」
 うるさいよ。
「ま、好きなら、しっかりやりなさい」
「そりゃ、好きは好きだけど」
 佑理は口ごもる。まだ、そういう関係になるのは、早いんじゃなかろうか。
「不安なの? 向こうに任せておけばいいよ。たいがい初回はさっさと終わる」
 落語のお女郎と一緒にしないでほしい。
「もし、進むのが無理だと思ったら、正直なところを話せばいい。私は初物ですよってね。そうすれば、男はすんなり手を引くよ。職場もかぶるんだし、めったな真似はできないはずだしね」
「そうかな」
 佑理は少しほっとした。
「ただ、やばいのに引っかかっちまった、面倒くせえやって、そのまま逃げちゃう可能性も高いけどね」
「おい」
 それじゃ駄目じゃないか。
「でも、そんな屑野郎なら逃げさせて、二人の仲を終わらせた方がいいでしょう」
 そうだね、と佑理は頷くしかない。
「要は、そいつ次第よ」
 ううう、と佑理はふたたびうめいた。
 怖いな。いろんな意味で。




         10 11 12 13 14 次へ
 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん