連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

 蒸し蒸しと暑い、七月の終わりの日曜日。午後三時十五分。外は曇り空。
 里村くんの顔が自分の顔に近づいて来たとき、佑理は身をよじって逃れていた。
「ごめんなさい」
 里村くんは、眉を寄せて、眼を伏せた。
「ごめん」
 テーブルの上には、コーヒーカップが二つ。そして、白い犬。
「おれ、吉本さんとつき合いたいと思っている。先に言うべきだった。ごめん」
「謝らないで。わたしもそうなんだ。だけど」
 佑理は、白い犬を見るともなしに見つめてから、思いきって言う。
「里村くんは、これまで女の子とたくさんつき合ってきたんでしょう?」
「たくさんじゃないよ」
 里村くんは、眼を瞬かせる。
「何人?」
「いや、まあ」
 里村くんはいっそうまぶたをばちばちと動かした。
「そこそこだよ」
「だから、何人?」
「三人か四人かなあ」
 なるほど、それをそこそこというのか。
「だけど、昔の話だよ。今はいない」
「わかっている。でも、わたしはね」
 佑理はごくりと唾を呑んでから、言った。
「経験がないんです」
 里村くんが息を止めたのがわかった。
「ひとりも?」
 佑理は小さく頷いた。
「おれがはじめて?」
 佑理は、深々と頷く。
 沈黙。

「ごめん」
 里村くんは、いきなり椅子から立ち上がった。
「どうしたの?」
 里村くんは、返事をしないまま、玄関に向かっていく。
「帰るの?」
 無言。
 ばたん、と、ドアが閉まった。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん