連載
ごめん。
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん 加藤 元 Gen Kato

 そうか。
 これは「やばいのに引っかかっちまった、面倒くせえや」パターンだ。
 佑理はテーブルの上の白い犬に視線を向ける。
 ふられちゃった。
「わかっていた」
「ワカッテイタ」
 わたしに、恋人なんてできるわけがない。
「できるわけがないよね」
「デキルワケガナイヨネ」
 わかっていた。昔からずっと、そうだった。
「わたしはひとりで大丈夫」
 白い犬は、動かない。
 また、角度が悪かったのだろうか。佑理は声を大きくする。
「昔から、ひとりでじゅうぶん」
 ちゃんと言え。言ってくれ。
「ひとりでも大丈夫」
 ぶるるるるる、と電話が揺れ出した。
 三時四十分。
 里村くんから、だ。

 もしもし?
「さっきはごめん」
 どうしたの?
「その場にいたたまれなくなったんで、そのへんを歩いていた」
 どうして?
「おれ、嘘をついた」
 嘘?
「三人とか四人とか盛ったけれど、実際につき合ったのは、たったひとり。それも、中学生のときで、ぜんぜん深くない関係だった」
 そうだったの。
「拒まれたら厭だから、なかなか好きだと言えなかった。どん退かれると思って、嘘をついた。おれ、女にはまったくもてないし、友だちも多くない。昔から変人なんだ」
 うん、知っていたよ。
 だからこそ、惹かれたんだもの。
「マンションの下にいるんだ。戻ってもいいかな?」
 下にいるの、今?
「今日はなにもしません。誓います。できるほど自信ないんだ、おれ」
 本当に? いろいろ本は読んでいるから、男のひとの心理だって知識はあるんだよ。知識だけはね。
「いや、妄想はしているけど」
 わかった。それ以上は言わなくていいから。
 戻って来て、すぐに。

 はじめての恋人。はじめての「二人」。
 佑理には、ちょっとだけ、わかって来た。
 お互いの奇妙なところ、普通じゃないところ、ほかのひとからは笑われるようなところを、受け入れたいと思う、覚悟するところから、はじめて先へと進んでいけるんじゃないだろうか。
 自分たちは、まだ、お互いにお互いを知らない。
 知ったところから、はじまっていく。
 無理かどうかは、そのたびに立ち止まって、考えていけばいい。
 玄関のドアが、ゆっくりと開いていく。
 里村くんが、いくらか恥ずかしそうに、言った。
「ごめん」

 佑理と里村くんは、そこからはじまる。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん