連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

「うちの息子たちは、伯母ちゃんが大好きみたいです。小僧どもうるさい、はしゃぐんじゃない、じっとしてろ、黙ってろ。叱られっぱなしなのに不思議ですよ。きっと、うまいお菓子につられているんでしょう」
 俺はあんまり伯母ちゃんが好きじゃないけどな、と敬二郎は思う。姉妹だけに、顔立ちは初穂に似ているが、性格はきつい。苦手だ、と感じているのは、あちらさんも同様に違いない。顔を合わせても、態度は冷ややか。こちらが冗談を言ってもにこりともしない。
 ねえ、今の、冗談のつもり?
 仏頂面で言い返す、感じの悪い女だ。昨夜は二人で俺の悪口をさんざん言い散らしたことだろう。そう思うとよけいに腹立たしい。
「独身で寂しいからでしょうね。犬を飼っているんです。伯母ちゃんの家に遊びに行けば、犬をさわれるから、よけいになついているのかもしれません」
 だいたい、猫グッズで金を稼いでいるくせに、ひとり住まいのマンションで飼っているのはダックスフントっておかしくないか?
「お子さんたち、幼稚園はお休みしているんですか」
 大森が訊ねる。
「確かめてはいませんが、おそらく休んでいるでしょうね」
「幼稚園をお休みして、大好きな伯母ちゃんのおうちで犬と遊んでいられる。息子さんたちは喜んでいらっしゃるかもしれませんね」
 冗談じゃない。俺は喜んでいらっしゃらないよ。
「ちょっとした口喧嘩。原因はそれだけなんですよ。家出をするほどのことじゃないんです」
 胃が重い。畜生。初穂が夕食を作ってさえくれれば、こんな思いはしなかったのに。
「俺は浮気しませんよ。暴力も振るわないのに、ちょっとした行き違いくらいで、こじれちゃう。女心はわかりませんよ」
 上体を大きく揺らして、大森はくしゃみをした。
「ぶわっぐしょい」
 通り過ぎるひとびとが、驚いたように足を止める。くしゃみがでかいのだ。大森季実子は、課長である敬二郎より三つか四つ齢上のはずだ。男も女も、中年になるに従ってくしゃみや咳が大きくなる。どうしてだろう?
「ずびばぜん」
 ハンカチで鼻を押さえながら、大森が言った。
「俺はギャンブルもしないですしね。酒もほどほど。品行方正なんですよ」
 敬二郎はぼやき続ける。競馬とかパチンコとかスロットとか、博奕(ばくち)にもはまらない。酒もつき合い以上には飲まないから、夜の街へ繰り出すことも少ない。
「そりゃ、若いころはいくらか遊びもしたけれど、嫁さんと一緒になってからはおとなしいもんです」
 学生時代からの友だちとも、予定を合わせるのが面倒で、結婚後は遊ばなくなった。もっとも、会ったところで、昔の笑い話を繰りかえすばかりだ。その場では笑っているが、胸のどこかで考えている。
 俺たち、いつも同じ話をしているな。ほかに話すことはないのか。
 ないんだ。現在の話なんて、ない。俺もそいつも、話せることといったら、仕事の不満か女房の悪口かのろけか、もしくは子供自慢だ。自分が話すぶんにはいいが、他人からそんな話を持ち出されると、うんざりする。
「子供の面倒だって、ちゃんとみてやっていますよ。日曜日には公園やじいちゃんばあちゃんの家に連れ出してやっている」
 ずずずず、と、大森が鼻をすする。



 2        10 11 12 13 14 次へ
 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん