連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

「家事の分担だって、してやっていますよ。皿洗いとか、ゴミ出しとか、風呂掃除だって、俺の役目です」
 風呂掃除に関しては、床や壁がカビてピンクに染まって来たわよ、と初穂にせっつかれるまで手をつけないけどな。それにしたって、やるときはやるんだ。いい夫じゃないか。どこに不満があるんだ。
「大森さんの旦那さんは、どうなんです?」
「うちはいいひとですから、不満はありません」
「それはよかった」
 いやいや、ちょっと待て。俺だっていい人間だよ。
「けど、喧嘩くらいはするでしょう」
 大森は少し考えてから、答えた。
「ないですね」
 本当かよ。
「我が家はしょっちゅうですよ。嫁さんがいつもふくれる」
「そうでしょうね」
 坂道を下りきると、十字路になっている。駅から流れて来たふとい人波は、ここで三方向に分散するのだ。敬二郎と大森は、歩道を左に曲がる。
「理由はさっぱりわからない」
「そうでしょうね」
「ひとまず謝っておくんです。俺だって気を遣っている」
「ぶわっぐしょい」
「嫁さんの誕生日や結婚記念日だって、忘れたことはないんです」
 結婚記念日には、いつも花を買って帰る。誕生日には、ディナーを予約した。それなのに、行きたくないと言ったのは、あいつの方だ。
 だから、敬二郎は腹を立てた。言い争いになった。それがことの発端だ。

 誕生日くらい、のんびりしたいわと、初穂は言った。
「だからわざわざ店に予約をしたんじゃないか。外で食えばおまえが楽だろう。食事の支度や片づけをしなくて済む」
 敬二郎は不快だった。無理もない話じゃないか。喜ぶと思った。なのに、返ってきたのは不服そうな反応だ。
「のんびりする、というのは、そういうことじゃないの」
「じゃあ、どういうことなんだよ」
 敬二郎はますます苛立った。せっかく気を遣ってやっているのに、何なんだこの言いぐさは。
「あなたの心遣いはありがたいと思う。でも、私の希望だってあるのよ」
「けっきょくは行きたくないってことだろう」
 つい、声が大きくなった。
「わかったよ。予約を取り消す。それでいいんだな」
「怒鳴らないでよ。私の気持ちも考えてほしいと言っているだけじゃないの」
「ああ、そうだろうよ。俺の気持ちはどうでもいいんだもんな」
「だって、私の誕生日のため、なんでしょう?」
「ああ、おまえのためだよ。それを、おまえが厭(いや)だって言うんだからな」
 どうして?
 刺々(とげとげ)しい言葉のやりとりののち、初穂は大きく首を横に振った。
「どうしてこういうことになっちゃうの?」
 俺が訊きたいよ。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん