連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

 会社のビルに着いた。
「杉田さん」
 エレベーターの前で、大森季実子がハンカチで鼻を押さえたまま、訊いた。
「奥さんが病気のとき、ちゃんと気遣ってあげていますか」
 もちろんだ。
 ひと月ほど前、頭が痛いと言っていたときだって、やさしい言葉を忘れなかった。大丈夫か。休んでいろ。ちゃんと言った。
「そう言っても、子供たちの着替えがどうとか、食事がどうとか言って、動きまわっているんですよ、うちの嫁さんは」
 俺がやる、と言っても聞かないんだ。また、小僧どもも、俺の言うことなんか聞きやしない。けっきょく初穂が動かなきゃならないのは、やむを得ないことだ。母親だものな。でも、俺はちゃんと気を遣っている。落ち度はないはずだ。
 ずずずずず、大森は鼻をすすり上げた。
「喧嘩をしたあと、ちゃんと謝っていますか?」
 敬二郎は胸を張った。
「いつもいつも、俺ばかりが詫びる側にまわっていますよ」
 そうだ。
 おとといだって、いろいろ言いはしたが、最後にはちゃんと謝ったんだ。言い合いはもうやめよう。謝るよ、ごめん。
 それなのに、次の日の朝、初穂は家を出て行った。
 まったく納得できない。

「ごめんごめん、悪かったよ」
 ほら、ちゃんと謝っただろう?
「ごめん」
 言ったぞ。謝ったんだ。だから、もういいよな。
「ごめんな」
 いい加減、機嫌を直してくれ。
「許してくれよ」
 謝っているじゃないか。いつまでもいつまでも、大人げない。女ってやつは、これだから困る。
「ごめんって言っているだろう」
 いつまでもすねているおまえが悪いんだ。俺は悪くない。
「これ以上、どうしたらいいんだ?」
 俺はこういう人間なんだ。わかっていて結婚したんだろう。
 受け入れろよ。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん