連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

     二

 昼休み。
 敬二郎は、コンビニエンスストアで買って来たとんこつ味のカップラーメンに湯を注いだ。
「今日は奥さんの作ったお弁当じゃないんですか」
 声をかけて来たのは、やはり同じ課の井上咲枝である。大森季実子ともうひとりの部下である吉本佑理は外へ食事に出たようだ。
「うちの嫁さん、実家に帰っていましてね」
 井上咲枝は、おや、という風に眉をひそめた。「すみません」
「いいんですよ」
 むしろ、誰かに事情を聞いてほしくてたまらないのだ。誰かに話をして、不安を紛らわせたかった。
 こういうとき、男相手に相談など、敬二郎にはできない。こんなことで、疎遠になっている友だちに連絡を取るわけにもいかないし、同僚に打ち明けるなどもってのほか。しかし、職場の人間でも、女相手なら気が楽だ。子供の話や夫婦のもめごとなど、きっと日常会話だろう。
 井上咲枝は、仕事の上では頼りになる。が、話がしやすいとは言いにくかった。いつも眉間に二本の縦皺がくっきり。常に不機嫌そうなのだ。家庭の愚痴をこぼすなどもってのほかという感じがする。
 しかし、現在の敬二郎には、そんなことは言っていられない。
「ささいな喧嘩をしたんです。そうしたら息子二人を連れて出ていっちゃった。どうなんでしょうねえ、昨日の朝からひと晩経っても帰って来ない」
「大変ですね」
 応じながら、井上咲枝はまるで表情を変えなかった。
「奥さんから連絡はないんですか」
「電話をしても、出やがらないんです。まだふてくされているんでしょう」
「ご実家は遠い?」
「埼玉県ですよ。電車で一時間ほどです。でも、行き先は実家じゃない。都内に住む姉さんのところです」
 だから、会いに行くのはたやすい。しかし、なるべくなら、こちらから迎えに行くのは避けたい。
「お子さんを連れていらっしゃるなら、そんなに長いことはないんじゃないですか。幼稚園に通わせる都合だってあるでしょう」
 敬二郎はいくらか安堵した。そうだ。幼稚園がある。いつまでも休ませておくわけにはいくまい。
 近いうちに帰って来る。それは間違いない。
「お子さん、二人とも男の子でしたっけ」
 思い出したように井上が訊ねる。
「そうです」
「幼稚園に通っている?」
「今年、四歳と六歳です」
「ご苦労でしょうね、奥さん」
 しみじみと言う。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん