連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

「井上さんは、お子さんは何人です?」
 さして興味もなかったが、社交辞令で訊いた。
「息子ひとりです。ひとりでも手がかかりました。歩き出してから小学校に入るまではそりゃあもう」
「大変だったんですね」
「思い出すだけで疲れますよ」
 また、奥さんはご苦労でしょうねと言いそうな雰囲気になったので、敬二郎は慌てて遮った。
「息子さん、今は何歳です?」
 奥さんは、ご苦労ですね。
 その言葉を聞かされるのは、厭な気がしたのだ。
 奥さんはご苦労? ふん、冗談じゃないよ。俺だって苦労をしているんだ。
「中学二年生です」
「息子さんとは、よく話はするんですか」
「しないです。難しい年ごろでしてね」
「旦那さんとは、仲はいいんですか」
 しまった。これ、セクシャルハラスメントだ、とか言われるのかな。このあいだ辞めた部下の岩舘みたいに。
 言いたいことも言えない、不自由な世の中だよ、まったく。
「いいも悪いもありませんよ」
 井上は無表情で返す。
「結婚して十七年も経ちますのでね」
「十七年、それはそれは」
 だから、どっちなんだよ。仲がいいのか、悪いのか。
「喧嘩とかします?」
「最近はしませんね」
「うまくいっている証拠じゃないですか」
「話自体、あまりしませんから」
「おう」
 敬二郎の咽喉からアメリカ人のような声が漏れた。他人が触れてはいけない部分に触れたようだ。
「当たらず障らずです。ま、あちらもこちらも、うまくやっているといえるんじゃないでしょうか」
 井上の言い方は、他人ごとのように素っ気なかった。
「おととし義母が亡くなってからは、争議の種もなくなりましたしね」
「そうですか」
 いささか意外だった。いかにも女々しいところの少なそうな、この井上にも嫁姑関係のいざこざがあったのか。
「女同士の関係は難しいみたいですね。さいわい、うちにはその悩みはまったくないんです」
 敬二郎は朗らかに言い放った。
「おふくろと嫁さんは、実の母娘みたいに仲がいいんです」
 井上の眉がぴくりと上がった。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん