連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

     三

 午後二時。
 敬二郎が営業部へ書類を届けて帰ってくると、吉本佑理が声をかけて来た。
「今しがた、川島さんからお電話がありました」
「ああ、そう」
「かけ直すと伝えましたけど」
 敬二郎は舌打ちをしたくなった。面倒くさいな。
「俺が会社にいるって言っちゃったの?」
 吉本佑理は頷いた。
「会社の中にはいるけれど、ちょっと席を外しているとお伝えしました」
「急な出張をしている、くらいに言ってくれてもよかったのに」
「え?」
 来週の月曜日までには必ずお返事します。
 そうメールを送っておいて、返事をしないまま月曜日が過ぎていた。その催促だろう。その前にも、金曜日までには返事をすると言ったんだったな。川島は金曜の午後にも電話をかけて来た。確かに返事をするとは言ったが、川島の会社との次回の取引は秋口。品物の納期はまだまだ先のことなんだ。なぜかりかりと返事を要求するのかわからん。時間に余裕はたっぷりあるんだ。俺だっていろいろ忙しいんだからな。
 確かにまだまだ日はあります。けれど、そちらのご指定どおりに書類一式を整えてお送りしているんです。そちらから期日をおっしゃった以上は、ご返事をくださるのが当たり前ではないでしょうか。
 川島め、馬鹿丁寧に厭味を言っていやがった。知るか。俺だっていろいろ考えることがあるんだ。文句があるなら社長に言え。弱小業者め。
 思いつつも、むろん、口では詫びを言わなければならない。
 すみません。ごめんなさい。
 あっちでもこっちでも、下げたくもない頭を下げている。大人というのは、つらいもんだな。
「わたし、なにか悪いことを申し上げちゃったでしょうか」
 吉本佑理は片付かない顔をしている。
「いいんだ、いいんだ、気にしないでくれ」
 敬二郎は手を振ってみせる。
「きみが悪いわけじゃない」
 そう、吉本佑理は悪くない。しかし、きみが正直に答えてしまったせいで、俺は川島に謝るため電話をしなければならない。
 ああ、気が進まない。

 終業十五分前。
 川島からたっぷり厭味を浴びせられた電話を終えて、ぐったりしている敬二郎の耳に、女たちの雑談が入って来る。
「わからない相手にはなにを言っても通じませんよ」
 吉本佑理が、いくぶん尖った調子で言っている。
「言葉に意味がある、なんて真面目に考えたことないんじゃないか。そう思う人間、たくさんいます。謝ったって口先ばかりなんですから」
 何だろう。敬二郎は疲れた頭でぼんやりと考えた。たった今まで電話口ですみませんすみませんを繰りかえしていた俺に対する当てつけみたいだな。まあ、まさかそんなつもりはあるまいが。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん