連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

 ごめん。
「以前も言ったよね。あなたが疲れているのはわかっている。でも、それを理由に私の言うことを無視したり、子供に荒っぽい態度を取るのはやめてほしい。何度も言った。あなたの不機嫌は私のせいじゃないのよ。ましてや子供たちのせいじゃない」
 悪かったよ。
「あなたは悪いと思っていない。思っていたらやめるはずでしょう」
 だから、謝っているじゃないか。
「口先だけでね」
 どうしろというんだ。俺はこういう人間なんだから、仕方ないだろう。
「すぐに居直る。やっぱり少しも反省する気がないのよ」
 やめてくれよ。うんざりだ。俺が、俺の家の中で、したいようにしたらいけないのか。言いたいことは言えないのか。
「俺の家だけど、私の家でもある。子供たちの家でもあるのよ。私たちにはちゃんと耳があるの。心もある」
 俺だって、心はある。俺の心を思いやる気はないのか。
 受け入れろ、俺を。

「けっきょく、わかり合えないものは、わかり合えないんだよ」
 敬二郎は、思わず声を上げていた。
「男と女は、特にそうだ。しょせんわかり合えっこない」
 井上も大森も吉本も、口をつぐんで、戸惑ったように敬二郎を見返していた。
「みなさんの言っているような、言葉がどうこうの問題じゃないんですよ。生物的に、宿命的にそうなっているんだ。種族が違う。仕方がないんだよ」
「男女の種族は違う。言い古された、紋切り型の結論ですよね」
 井上さんが、ゆっくりと言い返してきた。
「まず結論ありき。相手の言いぶんを聞く前から、答えを決めてしまう。相手がなにを訴えても、耳に入れない、入れようとしない。そういう態度は種族うんぬんじゃない。けっきょくは個人の資質の問題でしょう」
 ああ、このおばさんには敵(かな)わねえ。
 敬二郎は、大森に向かって訊いた。
「俺は悪い夫ですかね?」
 大森さんはなにか言いかけた。が、敬二郎は返事を待たなかった。
「家事に協力もしている。子育てだって協力している」
 そもそも、外で金を稼いでやっているだけでじゅうぶんじゃないか。
「甘やかされすぎなんですよ、女のひとは」
 吉本が眼尻を吊り上げている。が、なにも言わない。
「奥さんの気持ちはわかりますよ」
 大森が静かに言った。
「え?」
「杉田課長は、悪い夫です」

 いつからだろう。
 会話の果てに、初穂が取り残されたような表情をするようになったのは。
 いつからだろう。
 自分の言葉が初穂を沈黙させるようになったのは。
「わからないの?」
 敬二郎の胸の中で、初穂は絶望的な表情をしている。
「通じないの?」

 


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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん