連載
ごめん。
第二話 いつだって俺から、ごめん 加藤 元 Gen Kato

     四

 同じ夜。七時二十五分。
 敬二郎は、重い足取りで街を歩いている。
 初穂からようやく連絡があった。それはいい。しかし、家に帰るとは言わない。会って話しましょう。それだけだ。場所は喫茶店である。しかも、早耶のマンションに近い、繁華街にある店だ。
 なぜ、こんな風に思わせぶりな真似をするんだ。なぜ、素直に帰って来ないんだ。
 歩道に面したガラス張りの店。入口の扉を肩で押すようにして中に入る。店内の照明は暗めだった。
 小さく流れるオルゴールの音楽。聞いたことがある曲だが、題名は思い出せない。
「いらっしゃいませ」
 ショートボブ、というよりはおかっぱ頭と言った方がいい髪形をした、年齢不詳の女が低い声で敬二郎を迎えた。
「おひとりですか」
「待ち合わせをしているんです」
 シャツもエプロンもカプリパンツも黒い。おかっぱの髪も黒い。そして、顔だけが白い。誰かに似ているな、と敬二郎は思う。
 そうだ、子供のころに観たTVの怪奇番組に出て来た、呪いの日本人形だ。死んだ持ち主の霊が乗りうつって髪がのびるという人形。
 厭だな、何となく不吉な感じ。
「お連れさまは後からいらっしゃるんですか」
「いや」
 不吉な、というより彼女に対して失礼な連想を振りはらって、敬二郎は店内を見まわした。四十uほどの空間に、どっしりした木の丸テーブルが五つ、それぞれに背もたれの高い椅子が四つ。手前のテーブルに二人連れ、中ほどのテーブルには三人連れの客が座を占めている。みな、女だ。
「ああ、いました」
 奥のテーブルに、初穂がいる。敬二郎はほっとした。ひとりだ。姉の早耶伯母ちゃんがついて来ていたらどうしようかとひそかに危惧していたのである。
 敬二郎は、店の奥へ向かって歩いていく。言いたいことはいろいろある。こんな気取った場所を選んだのは、俺の怒りを予測したためか。他人の眼があれば怒鳴れないだろうと考えたのか。いかにも早耶伯母ちゃんがつけそうな知恵だ。考えただけで胆(はら)がさざ波立つ。
「お疲れさま」
 敬二郎に向かって、初穂が短く言った。
「疲れたよな」
 敬二郎は、初穂の正面の椅子に腰を落とし、ふとい溜息をつく。
「本当に疲れた」
「ご注文は」
 呪いの人形店員が耳もとで囁いた。敬二郎は、わ、と声を上げそうになる。足音もなく背後からついて来ていたものらしい。
「メニューはここよ」
 初穂が差し出すのを、敬二郎はあえて黙殺した。
「アイスコーヒーでいいです」
「かしこまりました」
 店員はするすると厨房へ消えていく。敬二郎は初穂の顔を見ないようにしていた。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん