連載
ごめん。
第三話 ごめんね、ママ 加藤 元 Gen Kato

 反論はある。家族を持ったって、一人前じゃない男や女は、いくらでもいるんじゃないの?
 が、口には出さない。出したところで、どうせ平行線だ。
「このニュースの親子だって、別々に暮らす道を選んでさえいれば、こんな結果にはならなかったんじゃないか」
「そうかもね」
 それには異論はない。
「だからさ、この犯人は結婚していればよかったんだよ」
 へえ、そういう風に思うわけ?
 この国では、殺人事件の半数以上が夫婦間や親子間、家族のあいだで起きているという。さっきのニュースがいい例だ。なごやかにうまくいく関係などない。家族を持ってはいけない性格の人間だって、世間にはいるだろう。
 それなのになぜ、家庭を持つことを正義のように他人に押しつけるのだろう。
「自立が先じゃないの? そんな考えじゃ、結婚する相手がいい迷惑だわ」
「女房子供を持てば、自然に男はしっかりするもんだ」
 咲枝は冷笑した。よく言うわ。
 テーブルの上、皿のまわりにはパン屑が散っている。晟一は片づけない。片づけるのは咲枝だ。だからこの男はなにも気にしないのだ。結婚すれば一人前なんて、そのぽろぽろ食べかすを落とす口でよく言えたもんだわ。なにも見えていない、四十歳を超えたおぼっちゃんめが。そりゃ、あんたにとって結婚は正義だろうよ。
「女房がいたら、もっと深刻なもめごとが起きていたかもよ」
 咲枝が言うと、晟一はうっと詰まった。晟一の亡くなった母親と咲枝は折り合いが悪かったのである。
「ほら、天気予報がはじまったよ」
 咲枝はTVを指さした。
「お」
 晟一は身を乗り出す。その拍子に、パン屑がまたぱらぱらと散る。暗いニュースを断ち切るような明るいBGM。午後からは大気が不安定だと、晟一好みのアナウンサーが笑顔で説明をしている。
「折り畳み傘は持っているでしょう」
 晟一は画面を見つめたまま、うん、と生返事をした。
「ビニール傘は買わないでよ。もう五本も溜まって、邪魔でしょうがないんだからね」
「うん」
 そういう視線、会社で若い部下に向けていないでしょうね。咲枝は皮肉に思う。セクシャルハラスメント上司だって、いっぺんで嫌われるわよ。
 苛立ちはしても、深刻に腹は立たない。期待がないぶん、失望もない。その方が楽だと悟ってから、ずいぶん長い時間が経つ。
 夫とのあいだにずれを感じるのには、咲枝はすっかり慣れきっていた。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん