連載
ごめん。
第三話 ごめんね、ママ 加藤 元 Gen Kato

「ううう」
 恭介がのっそりと姿を現した。制服に着替えてはいるが、髪はぼさぼさだ。
「おはよう」
 恭介の返事は、うううという唸りである。唸りながら咲枝の脇をすり抜けて、冷蔵庫を開け、麦茶を出した。また背が伸びたな、と気づく。小学校のころはクラスで三番めか四番めに小さかったのに、もう間もなく咲枝の身長を追い越しそうだ。
「パンを焼くよ」
「要らない」
 顔立ちも変わった。不機嫌そうなその顔は、晟一に驚くほどよく似ている。
「食べなさい」
「時間がないんだよ」
 声も晟一そっくりだ。
「だから、はやく起きなさいって何度も起こしたでしょう」
 恭介が、ごにょごにょ、と口の中でなにかを言った。
「そんな口を利くな」
 晟一がたしなめる。
 咲枝には聞こえなかった。だが、想像はできる。
 うるせえな、と言ったのだ。

 いつもと変わらぬ朝。
 夜になっても、食事が済めば、恭介はさっさと部屋にこもってしまう。南向きの十二畳のリビングルームで、家族が集うことは、最近はほとんどない。 
 咲枝の家族の、現在の姿。
 中学生になったからひとりで寝る、と言い出したのは、恭介だった。それでも今日はTVで怖い話の番組を観たからなどと言って、咲枝の隣りで寝ることも少なくなかったのに、ここ半年ほどはそれもなくなった。咲枝が話しかけても、うるさそうにする。以前は学校で起きたことを残さず話さずには済まなかった薄い唇は、このごろ真一文字に閉ざされたままだ。
 寂しい。
 けれど、仕方がない。成長するためには必要な過程なのだろう。親が鬱陶しくてならない時期は、咲枝自身にだってあったのだ。
 それを思えば、溜息でやり過ごすしかない。
 咲枝は、眉間に深い皺を刻む。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
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第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん