連載
ごめん。
第三話 ごめんね、ママ 加藤 元 Gen Kato

 慎次は口が悪かった。
「恭介はいい子だけど、頭は馬鹿だからね。中学校は私立に通わせた方がいいよ。高校からじゃ厳しくなる」
 言われたときは、よけいなお世話だと慎次の頭をひっぱたいて済ませたが、気にはしていた。
 確かに、恭介はどこといって取り柄のない子だ。親の欲目で見てもそう思う。
 美男子ではない。慎次にはおっさん顔と言われている。躰も大きくない。言葉も遅かったし、ひらがなを覚えさせるのも時間がかかった。徒競走は四人中三位というのが定位置で、サッカーやバスケットボールに加わっても、ボールと遠く離れたところでうろうろしている。運動神経もあまりよくないようだ。お遊戯ではいつも出遅れてきょろきょろしていたから、音感もいいといえないのは間違いない。
 なにをやっているの、もう。
 咲枝はいらいらした。
 自分だって、決して上出来な方ではない。劣等生ではなかったが、ずっと優等生で通していたとはいえない。けれど、英語は得意科目だったし、中学三年生のときにマラソン大会で優勝した経験もある。
 ところが、恭介には、得意なものが見当たらないのだ。
「恭介は泳ごうと手をかこうとすると躰がずんずん水に沈んでいくんだな。俺にも覚えがある」
 晟一は、嬉しげにひとり頷いていた。
「俺に似ているんだよ」
 へんなところで喜ばないでよ。咲枝の苛立ちは増す。口には出せない言葉をぐっと飲み込む。
 恭介をあんたみたいな男にはしたくないの。わからない? 
 咲枝は恭介を水泳教室へ通わせ、塾へも行かせた。が、どちらもぱっとしなかった。水泳は、同時期に入ったほかの子たちが泳げる距離をぐんぐん伸ばしているのに、恭介だけはいつまでも二十五メートルクラスから進級しなかった。学校の成績もまるで上がらない。漢字の書き取りをさせても覚えない。九九の覚えも悪い。咲枝は家でも勉強をさせるように試みた。
「五×九は」
 食事のときも、風呂に入っていても、不意打ちで訊く。
「四十五」
「よし」
 答えられたとき、恭介はいかにも誇らしげににたりと笑う。しかし、答えられないことも多いのだ。
「七×八は」
「う」
「いくつ?」
 二の段から九の段まで、ついさっき復唱させたばかりなのに、これだ。咲枝は眉をつり上げる。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん