連載
ごめん。
第三話 ごめんね、ママ 加藤 元 Gen Kato

「いくつ?」
 問い詰めると、恭介は考えようとしない。
「ごめんなさい」
 あっさり白旗を上げる。咲枝には、そこがまた腹立たしい。
「ごめん、じゃなくて、答えを言いなさい」
「ごめんなさい」
「考えてよ」
 だが、こうなると恭介は、お経のように唱えるばかりなのだ。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい、は要らない」
 咲枝は声を荒(あら)らげる。
「あんたのごめんなさいは、ぜんぜん信用できないんだから」

 おまえはかりかりし過ぎなんだよ、と晟一によく言われた。
「焦らず、長い眼で見守ってやるのが親だろう」
 咲枝は返事をしなかった。
 あんたはわかっちゃいない。なにもわかっちゃいない。長い眼でなんか見られない。それが、親なんじゃないの。

     三

「最近、課長がおとなしいですね」
 お昼どき、カップラーメンを手に、大森季実子が言った。
「奥さんとうまく行っていないんでしょうか」
 吉本佑理が首を傾げつつ、お手製らしきまん丸いおにぎりにかぶりつく。
「どうであれ、こっちが苛つくようなことを言わないだけ、助かるじゃないの」
 サンドイッチをもそもそと噛みながら、咲枝は返す。
「結婚って難しいものですね」
 吉本佑理は、ペットボトルのお茶を勢いよく飲んだ。
「さわやか馬鹿の課長が相手じゃ、難しくもなるでしょうよ」
 冷ややかに言う。会社での自分は、我ながらしっかり者だと咲枝は思う。息子や夫の話はほとんどしない。大森季実子や吉本佑理の眼からは、まさか毎日毎日息子のことばかり考えているようには、とても見えまい。
「それでも、奥さんは、あのひとを好きになったから結婚したんですよね」
 吉本佑理は、二つめのおにぎりを口に運んでいる。
「どうして好きになれたんですかね」
「恋は盲目っていうからねえ」
 大森季実子がラーメンの汁をずずずと啜る。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん