連載
ごめん。
第三話 ごめんね、ママ 加藤 元 Gen Kato

 午後二時過ぎ。
 吉本佑理と倉庫で梱包作業をしていると、大森季実子が呼びに来た。
「井上さんの電話が、さっきからずっと鳴っています。画面の表示をちらっと見たら、中学校からみたいですよ」
「中学校?」
 咲枝の心臓が、ずん、と鳴った。
 恭介に、なにかあったのだろうか。
 急いで机に戻り、電話を見る。着信は確かに恭介の通う中学校からだった。折り返すと、しばらく間があって、担任の岡崎啓子の声が聞こえた。
「あ、井上くんのおかあさんですか」
 岡崎啓子は三十代の後半くらいだろう。間延びした喋り方をする国語教師で、背が低く小ぶとり。おっとりして見えるが、実際はすぐ感情的になるらしく、恭介たち生徒からの人気はあまりないようだ。
「あのう、井上くんが、体育の時間にですね。体育の担当は三橋先生なんですが、三橋先生の話によりますと、今日の体育はリレーの練習だったんです。あ、先週から体育はずっとリレーの練習をしているんだそうです」
 で?
 咲枝はいらいらする。この先生、国語の教師のくせに、話し方の要領が悪いんだ。要点を話すということができない。
「三橋先生によりますと、バトンの受け渡しの際に、隣りのレーンを走っていたほかの生徒と井上くんがぶつかりまして。ほかの生徒というのは、斎藤くんなんですが、井上くんが焦りすぎて斎藤くんの前に飛び出しちゃったみたいなんです。それでふたりともその場でもつれて転倒したんです」
 恭介が悪いのだ。咲枝は眼を閉じていた。
「井上くん、足首を変な風にひねったみたいなんです」
「ひどい怪我なんですか」
「本人はひどく痛がっていました」
 違う。そこを訊いているんじゃない。
「今、恭介はどうしているんですか」
「ここにはいません。病院へ運びました。あのう、タクシーを呼んだんです。救急車を呼ぶほどではなかったんですが、歩ける状態じゃなかったんです」
 咲枝は天を仰いだ。
 救急車を呼ぶほどではなかったのだ。落ち着け、わたし。
「どこの病院ですか」
「A病院です。あのう、学校からいちばん近いので」
 咲枝は呼吸を整える。A病院だ。落ち着け。
 息を吸い込んでから、大事な点を岡崎啓子に訊ねた。
「斎藤くんの様子はどうなんですか」
「は?」
 咲枝は怒鳴りそうになるのをこらえた。は、じゃねえ。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
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第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん