連載
ごめん。
第三話 ごめんね、ママ 加藤 元 Gen Kato

「ごめんね、ママ」
 恭介が顔を覗き込んでいる。咲枝は慌てて鼻を押さえ、笑顔を作った。
「ごめんなさいは要らないよ、恭介」
 いいのよ。あんたが無事ならば。いつもいつも、変わらず元気な顔が見られるならば。親なんてそんなもの。そんな甘いもの。
 ごめんのひと言でわだかまりが解ける。怒りは消える。その程度の、馬鹿がつくほど大甘なもの。
 恭介が生まれて、喋れるようになってから、これまで何回言われたろう。ママ、ごめんなさい。ママごめん。何回も、何十回も、何百回も、何千回も。そして、これからも繰り返していくのだろう。
 ごめんなさい、ママ。ごめんなさい。
 決して許さない、なんてことは、ない。おそらくは許す。ぜったいに許す。親なんて弱いものだ。
 いつまでもこのままがいい。たくましく成長しては欲しいけれど、幼い子供のままでもいて欲しい。そう言ったら、慎次からはさぞあきれられることだろう。
 親って勝手だな。
 そう、親は勝手だ。勝手で、弱い。
 そして、咲枝と晟一は、いや、今までを考えれば晟一はどうだかあやしいが、少なくとも咲枝は、恭介のことで誰かに頭を下げ続けなければならない。
 申しわけありません。うちの息子がご迷惑をおかけします。本当にすみません。ごめんなさい。
 ごめんなさいの繰り返しで、続いていく。繋がっている、親子。夫婦。わたしたち、家族。
 わたしの息子。わたしの夫。わたしの家族。どんなに腹が立っても、行き違っても、たったひと言で、もとに戻れる。

「ごめん」



         10 11 12 13 14 15
 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん