連載
ごめん。
第四話 悪い妻で、ごめんなさい 加藤 元 Gen Kato

 日光は白い日傘を通してじりじりと季実子の肌を刺す。肌を真っ黒に焼いて遊びまわった夏なんて、季実子にとっては太古の昔だ。
 日差しを照り返す歩道を踏みしめながら、駅への道を歩く。毎日、駅前のコンビニエンスストアに寄って、ペットボトルのお茶を買うのが、お決まりだ。会社でつまむキャンデーやチョコレートも買う。今日は旦那さんのおにぎりがあるから、食事系のものは買わない。
 今日は火曜日。胸をわくわくさせながら、店に入る。
「いらっしゃいませ」
 彼の声。季実子はちらりと視線を走らせる。レジカウンターに、彼はいた。胸に「こいずみ」と書かれた名札をつけた男の子。二十代の前半。二十五歳にはなっていないだろうな。ひょっとしたらまだ大学生。シフトからいえば夜間の学校かもしれない。勤労青年なのだ。
 こいずみくんが季実子を見て、微笑した。
「おはようございます」
 季実子もにっこり笑って会釈した。感じのいい子だ。いつも季実子に特別な視線を向けてくれる。齢上の女が好きなのかもしれない。若い女の子は疲れるのかもね。自分の話しかできない。その点、私ならゆっくり耳を傾けてあげられる。
 飲み物を選んで手に取って、季実子はこいずみくんの立つレジの前に並ぶ。
「いらっしゃいませ」
 季実子が差し出したペットボトルの冷たいお茶を、こいずみくんは小さな袋に入れる。ストローも入れる。制服の半袖シャツから伸びた、浅黒くふとい腕。季実子の視線が釘付けになる。
「今日はお茶だけですか」
 こいずみくんが訊く。
「お弁当を持ってきているの」
 季実子は今朝の夢を思い出している。
「手作りですか」
「そう」
 旦那さんのね。
「うらやましいなあ」
 がっちりした肩を揺らして、こいずみくんが呟いた。うらやましい? それは、私の作ったお弁当が食べたいってことなの?
「ありがとうございました」
 季実子はうきうきと歩き出す。こいずみくんたら、やっぱり私のことを特別扱いしているよね。
 今日もいい気分だ。
 今朝の夢の男は、こいずみくんだったのだ。たぶん、きっと。

 自覚している。
 季実子は、惚れっぽい性質だ。
 というより、男から惚れられていると、すぐに思い込む性質なのである。
 彼、私のことが好きなのかな。にこやかにおはようと言ってくれた。さっきも私の方を見ていた。話しかけ方がほかの女の子たちとは違う。私にだけやさしい。そうだ、間違いない。好きなんだ。
 彼は私が好き。私も彼が好き。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん