連載
ごめん。
第四話 悪い妻で、ごめんなさい 加藤 元 Gen Kato

「吉本さん、つき合っているひとがいるの?」
 季実子が訊くと、吉本佑理は困り顔でうつむいた。
「このあいだ、お二人が話しているところに、たまたま行き会わせちゃったのよ」
 井上咲枝がいたずらっぽく笑っている。
「で、知っちゃった」
「相手は会社のひとなの?」
「配送業者の里村くんよ」
 里村くん?
 季実子は衝撃を押し殺した。
「お似合いじゃない。彼とは年齢も同じくらいでしょう」
「向こうが二つ下です」
 井上咲枝と吉本佑理が話している横から、季実子は訊ねる。
「いつから?」
 我ながら、声が低い。
「この春からです」
 春。季実子が花粉症で苦しんでいるさなかだ。そんなことになっていたのか。
「ぜんぜん気づかなかった」
 季実子の声がさらに沈む。
「気づかれない方がいいんです」
 季実子の内心も知らず、吉本佑理がこともなげに答える。
「うまく行かなかったら気まずいだけですから」
「あら、うまく行っていないの?」
 しまった、嬉しそうな声になってしまった。
「わたしも彼も変わり者なんです。噛み合わないことや行き違いも多いんですよ」
 私となら、話が弾むんじゃないかしらね。
「でも、一緒にいて楽しいんでしょう」
 井上咲枝がからかうように訊く。
「それは、会えば嬉しいですけど、楽しいのかなあ」
 吉本佑理が真顔で首をひねる。
「嬉しいのと楽しいのは、ちょっと違う気もします」
「お休みの日は出かけたりするんでしょう。映画を観るとか、ショッピングをするとか」
「観たい映画がなかなか一致しないんです。それに基本、彼もわたしも人混みが好きじゃないので、近所をぶらぶらするくらいです」
 つまんないやつらだな。
「わたしが向こうに合わせるべきだと思うんですけど、そうすると向こうが尻込みしちゃうんです。無理に話を合わせなくていいよって言われると、わたしもなにも言えなくなっちゃう」
「お互いに遠慮がありすぎるのね」
 井上咲枝がしみじみと言った。
「いいわね、そういう、ういういしい関係」
 そんなの、恋人と言えないじゃないか。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん