連載
ごめん。
第四話 悪い妻で、ごめんなさい 加藤 元 Gen Kato

「誰かさんからの贈り物だとは言わなかったね」
「そのう、つい言いそびれたんだ」
 旦那さんはうつむいた。
「でも、彼女も、奥さんと食べてくれと言っていたんだ。おかしな意味はないんだよ」
 季実子は奥歯をきりきりと噛みしめる。
「彼女とは、そんな関係じゃないんだ」
「どんな関係なの?」
「なにも関係はない。無関係だ」
「無関係な相手に、こんな言葉は送らないよね?」
 季実子は電話を持ちかえて、画面をスクロールする。旦那さんは慌てた様子で両手をぶんぶん振ってみせた。
「それはその場の勢いだよ」
「勢い、ね」季実子は旦那さんをにらみ据えた。「勢いで浮気をしたわけね」
「浮気じゃないよ」
 いいや、浮気だ。
「信じられない」
「彼女とはなにもしていない。本当なんだ」
 季実子はぷいと横を向いた。
「仮になにもしていないとしても、気持ちが動いたのは確かでしょう?」
「そんなことは」
 ない、とまで、旦那さんは言わなかった。言葉に詰まったまま、泣きそうな表情を浮かべている。
「ほら、見なさい」
 季実子は冷笑した。
「わかるのよ」
 だって、私だって、同じだったんだもの。
「悪かった」
 旦那さんはがくりと頭を垂れた。
「よそ見をした。認めるよ。だけど、気持ちだけ、それも、ごくわずかだ」
「気持ちだけ、ごくわずか?」
 季実子はつんけんと返した。
「心でよそ見をするのだって、立派な裏切りだよ」
 だとしたら、季実子はこれまでどれだけ旦那さんを裏切って来たのだろう。
「裏切り、とまではいかない。少しばかり揺れただけだ」
「完全に浮気だよ」
 そうならば、季実子はとんだ浮気妻だ。
「下心はなかった。いいや、ぜんぜんなかったとは言いきれないけれど、浮気にまで踏み切るほどの感情はない」
「それで私が傷つかないとでも思う?」
 季実子は声を荒らげた。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん