連載
ごめん。
第五話 かすがい 加藤 元 Gen Kato

     二

 信助が見ていても、よくわかる。
 おやじとかあちゃんは、仲が悪かった。
 朝、起きてから、夜に寝床に入るまで、ほとんど口を利(き)かない日もある。おやじとかあちゃんの寝る部屋は別々だ。おやじは二階のベッドが置かれた洋室で、かあちゃんは信助と階下の茶の間に蒲団を敷いて寝る。そして朝になると、おやじは茶の間にむっつりと下りて来る。
「おはよう」
 かあちゃんが言っても、返事をしない。無言でTVのリモコンを取り上げ、スイッチを入れる。信助は思わず横を向く。大音量なのだ。かあちゃんは露骨に顔をしかめる。
「音が大き過ぎやしない?」
 おやじは知らん顔をしてさらに音量を上げる。実のところ、おやじは耳がずいぶん遠くなっているのである。だが、それを指摘しても、おやじは認めないだろう。
 そんなことはない、ちゃんと聞こえている。最近の若い連中はぼそぼそとなにを言っているかわからないんだ。だから音を大きくするんだ。
 言い張るのは眼に見えている。そういう人間なのだ。
「聞いているの?」
「うむ」
 おやじは返事とも言えないうなりを上げる。
「音が大きいわよ」
「うるさいな」
 かあちゃんも信助も、胆(はら)で言い返すしかない。おまえだよ、と。
「今日も暑くなるようだな」
 天気予報を見ながら、おやじが言う。今度はかあちゃんが返事をしない。
「午後から雨だそうだ」
 当てになるかなと信助は首を傾げる。このあいだは外れたようだけどな、この番組の天気予報。
「洗濯物に注意だと。滝のような豪雨になるかもしれないと言っているぞ」
 かあちゃんは、静かに立ち上がって、台所に消えた。
「このごろの日本は異常気象だな、おい」
 おやじは信助に顔を向けている。
 何だよ、おれに話しかけているのかよ。うっとうしいな。
 信助もさっさと立ち上がって、かあちゃんの後を追う。おやじはまだぶつぶつなにかを言っている。
「昔の夏は、こんなじゃなかったな」
 信助が知っている限り、おやじは一日じゅう、茶の間にいてTVを観ている。画面に視線を向けながら、ぼそぼそ、ぶつぶつと言葉を吐き出す。ひとり言にしては、問いかけが多い。だが、かあちゃんは返事をしない。信助も当然、しない。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん