連載
ごめん。
第五話 かすがい 加藤 元 Gen Kato

「おまえも悪い時代に生まれたな」
 おやじは腕を伸ばして信助の頭をぐしゃぐしゃ撫でようとする。信助は一瞬の差でよけた。おやじの手はむなしく宙をひらひらと舞った。
「なぜよける」
 触られたくないからだ。
「可愛くないやつだな」
 今ごろ気づいたか。おれは可愛くなんかないのだ。
 おやじは、ふと、哀れっぽい眼になった。
「おまえ、俺のことが嫌いか?」
 そうだ。かあちゃんは好きだが、おやじは好きじゃない。声がでかいし、気は利かないし、くさいし。
「まさか嫌いじゃないだろう?」
 だから、嫌いだってば。これほど正直に態度に出しているのに、どうしてわからないんだ。
 そんなに鈍感だから、かあちゃんにも嫌われるんだよ。
「おまえは俺の息子じゃないか。俺とかあさんにとっての、かすがいなんだぞ」
 かすがい? 
 何のことだろう。信助は首を傾げる。
「おまえがいないと、かあさんと俺は話の接穂(つぎほ)がないからな」
 おれがいたって、話すことはなにもないじゃないか。
「そうだ、信助。いいものをやろう」
 おやじが踵を返して、居間に向かう。しめた。信助も立ち上がる。なにかおやつがもらえるようだ。
「嬉しいか。そうか。かあさんには内緒だぞ」
 かあちゃんは信助に間食をさせない。おなかを壊すし、ふとらせ過ぎると躰によくないと、医者にさんざんおどされているせいだ。
「なあ、俺はやさしいだろう。おまえを可愛がっているだろう?」
 おやじはビスケットを割って、信助に差し出しながら訊いた。
 こんな風にご機嫌をとって、愛情を得ようとしているのだ。さすがに信助も、おやじがいくらか気の毒になる。
 性格は人生を造り上げる。そいつが寂しいのもつまらないのも、けっきょくは性格が招くことなのだ。自分が選び取った人生なのだ。
 けれど、少しは可哀そうだな、おやじ。
 バターの香りのする甘いビスケットを貪りながら、信助は思った。
 性格は、おやじ自身にだって、どうにもならないのだ。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん