連載
ごめん。
第五話 かすがい 加藤 元 Gen Kato

 厭(いや)なのは「兄」だけではない。
 こいつの子供たちが、また厄介な存在なのだ。
「信助ちゃあん」
 玄関からきんきんと高い声がすると、信助は急いで逃げ出す。
「どこにいるの、信助ちゃん」
 やたらと上機嫌ではしゃぎまわるかと思えば、いきなり泣き出す。スイッチが入りっぱなしの騒がしさが、信助には耐えがたい。おやじやかあちゃんからしたら可愛い孫かもしれないが、信助にとってはうんざりするだけの生き物だ。
「信助ちゃん」
 だが、子供たちの方では、信助がたいそう好きらしい。
「どこにいるの?」
 正月、春のお彼岸、夏休み。秋の連休、来てほしくもないのに、転がり込んで来るのが厄介だ。やつらが家にいるあいだ、信助は身を隠すことにしている。そして、時間が過ぎるのをひたすら待つ。
「信助ちゃん、いないよ」
「さっき遊びに出かけたみたいだね」
 かあちゃんは信助の気持ちがわかっているから、そう言ってごまかしてくれる。
「出かけやしないだろう」
 だが、おやじがよけいなことを口走る。
「二階にいるだろう」
 子供たちは、わあ、と歓声を上げてどこどこ階段を駆け上がってくる。信助は慌てて違う隠れ場所を探す。
 おやじめ。気の利かない、使えないじじいめ。

 子供たちの眼から逃れて、こそこそと階段を下り、洗面所に向かう。ふと見ると、窓の外にいつもの野良猫の姿がある。
 大変なようだな。
 野良猫は、網戸越しに信助に問いかける。
 逃げ出してしまえばいいのに。こっちへ出て来いよ。
 そっちには行けない。
 信助が背を向けると、やつの問いが追いかけて来る気がした。
 おまえ、そのままの毎日で、満足か?

「おとなしくしなさい。走らないの」
 子供たちを叱る声は「兄」の奥さんのものだ。
「すみません、騒がしくて」
 奥さんは、この家に来ると、謝ってばかりいる。
 おれと同じで、楽しくないだろうな。正月でも休日でも、楽しんでいないのは、この奥さんと自分だけだと、信助は思う。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん