連載
ごめん。
第五話 かすがい 加藤 元 Gen Kato

「よく我慢したね。偉い偉い」
 なにが我慢だ。なにが偉いだ。ぜんぶてめえがやったことじゃねえか。馬鹿にしてるのか、この野郎。
「おそらく食あたりだと思います。油っこいものを食べすぎちゃったんでしょう。あとは夏ばてですかね」
 信助の呪いの視線にも動じず、医者がかあちゃんに話をしている。
「この子も、もう若くはない。人間でいえば七十歳を過ぎたおじいさんですからね」
 無礼なことを言うな。
 おじいさんだなんて。

「信助」
 病院を出た帰り道、傘の下。
 キャリーバッグを抱えて歩きながら、かあちゃんがそっと話しかける。
「今日も悪い子だったねえ。ちっともおとなしくしていないんだから。あれじゃお医者さんに申しわけないよ」
 雨はざあざあ降っていて、信助が好きな匂いが立ち込めているけれど、それを楽しむ余裕はない。かあちゃんは、寂しそうに続けた。
「あんた、赤ちゃんだったのに、いつの間にか、あたしたちより齢をとってしまったんだね」
 そうだ。
 信助も、気がついてはいたのだ。

 おれは、齢をとる速度が、かあちゃんたちよりはやいらしい。

 かあちゃんは、風呂に入っている。
 茶の間の座椅子の上で、眼を閉じてうとうとしていた信助は、忍び寄るおやじの気配に気がついた。
「信助」
 なにしに来た。
「まだ具合が悪いのか」
 見りゃわかるだろう。
 信助は半眼でじろりとおやじに冷たい一瞥をくれてやった。
 こっちへ来るなよ、卑怯者。
「頼むから、よくなってくれな」
 おやじは心細げな声を出した。
「おまえが腹をこわしたのは、俺が菓子を食わせたせいだ」
 そのとおりだよ。
「無闇に食わせるなと、いつもかあさんに言われてはいたんだ。悪かった」
 信助は、おや、と眼を開けた。
 今、謝ったか?
 謝ったな、おやじ。



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〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん