連載
ごめん。
第七話 ナニサマ 加藤 元 Gen Kato

 他人と必要以上に関わるのはごめんだ。今朝も父親と軽く言い合いになった。父親によると、以前の会社の人間から家の電話に連絡があったという。近況を訊かれた父親は、楓子のアルバイト先を教えてしまったのだ。楓子は怒った。どうしてそんなよけいなことを喋ってしまうのか。そのくせ電話をかけて来た人間の名前は覚えていないのである。男じゃなかったぞ。それだけだ。自分の勤め先で部下がそんな電話応対をしたら、父親だって叱るだろうに。
 前の会社の人間になど、なにも知られたくない。誰にも会いたくない。
 接客業のアルバイトは、高校生のとき以来だ。毎日が緊張の連続だった。常連のお客さんにはほぼ問題がないが、一見のお客さんが難しい。
「メニューって、これしかないの?」
 よく言われるのが、その言葉である。
「はい」
 頷くと、渋い顔をされる。
「少ないね」
 楓子は頭を下げるのみである。
「申しわけありません」
 気に入らなければ、よそのお店へ行ってくれてもいい。そうしてくれればいい。正直なところ、そう思う。しかし、文句をつけるお客さんに限って、ぶつぶつ言いつつ腰を据える。
「コーヒー一杯で七百円は高い。今どきはコンビニエンスストアでもそれなりにうまいコーヒーが飲めるんだしさ」
「すみません」
 だったらコンビニエンスストアへ行けや。
「銀座ならともかく、このあたりじゃそんなに家賃も高くないでしょう?」
「すみません」
 大きなお世話だよ。
「ランチセット千円? ぼるねえ。牛丼屋なら四百円でおなか一杯になるっていうのにね」
「すみません」
 好きなだけ牛丼を食ってくれ。無理に引っ張り込んだわけじゃないよ。好き勝手言いやがって。
 顔で笑って、胆(はら)で毒づく接客業。
「すみませんでした」
 頭を下げておきさえすればいい。お客さまはそれで納得する。お客さまに気分よく過ごしてもらうことが、接客の基本。それは理解している。とにかく頭を下げなさい。ファストフード店で働いた高校生のときも、店長からはそう言われた。
 すみません。すみません。
 これは謝罪なのかなあ。誤魔化しじゃないか。
 高校生の楓子は反発を感じた。しかし、今の楓子は違う。
 頭を下げる。それ以外になにができようか?



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん