連載
ごめん。
第七話 ナニサマ 加藤 元 Gen Kato

 謝りなさいよ。
 求められることが多いのは、あやまちが多い人生だから、なのか。
「謝りなさい」
 子供のころは、母親によく叱られていた。
「ごめんなさい」
 楓子はべそをかいて謝る。
「次からは気をつけなさい。失敗しない人間はいないんだからね」
 それでおしまい。
「うらやましいな。うちは違うよ」
 友人に言われたことがある。
「うちのママはしつこいからね。叱られて、泣いて謝って、それで終わりにしないの。次の日も次の日も、同じことを蒸し返してぐちぐち言う」
 だから、彼女も彼女の姉も、就職するなり実家を出て自立したのだと友人は苦々しげに言った。
「このあいだ、たまたま法事で実家に帰ったのよ。そうしたら、ママは昔とちっとも変わらないの。同じことを飼い犬にやっていた。ティッシュを引っ張り出して、家じゅうを紙だらけにしたのは誰だ。パパのイヤフォンをかじってぼろぼろにしたのは誰だ。靴下をどこかへ隠したのは誰だ。ねちねちねちねち蒸し返してさ。犬は可哀想なもんよ。わたしたちと違って逃げられない。言われる都度、しゅんとしてママの前でうなだれて、すまなそうにするのよ。ママはそりゃ満足そう」
 楓子はうめいた。そりゃ、ひどい。
「いくらいたずらをしたって、叱ったらそこでおしまいにしなきゃいけない。人間の子供だって犬だって同じことだよ」
 でも、そういう人間は、なにも友人の母親に限った話ではない。

     二

 弱くなった。
 そう思うようになったのは、十ヵ月前。冬のさなかに、母親が亡くなってからだ。
 直接の死因は、肺癌。だが、癌はあちこちに転移していた。乳癌が見つかって最初に入院したのは、楓子が中学生のころだった。手術と半月の入院ののち、母親は元気に家へと帰って来た。そして、入院前と変わらぬ毎日がはじまった。つまり、父親よりも楓子よりも早く起きて、飼い猫に餌をやる。朝食を作る。父親と楓子を送り出して、掃除機をかける。洗濯機をまわす。庭と玄関脇の植木に水をやる。
「無理しないで、休んでいてよ。家の用事はわたしがやるからさ」
 楓子が言うと、いくぶん痩せた母親はにやりと笑った。
「なにからはじめる? 掃除? 洗濯?」
 おかあさんが入院しているあいだはちゃんとやっていたんだ。おとうさんはなにもしないひとだしさ。胸を張りはしたが、語尾は弱々しかった。なにぶん、楓子は中学生だったのだ。家事に追われるよりは、学校での友だちづき合いやバドミントンクラブ、自分のことに夢中だった。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん