連載
ごめん。
第七話 ナニサマ 加藤 元 Gen Kato

「で、私の前のお客さんがね。定年過ぎの亭主とその奥さんといった風な、いい年齢の二人連れだったんだけど、そのおばちゃんに向かって、いちいち目くじら立てて文句を言うわけよ。冷凍食品はスナック菓子の傍(そば)に置かないでくれ。牛乳パックは横倒しにしないでくれ。卵のパックの扱いが乱暴だ。割れたらどうする。おばちゃん、焦っちゃって、すみませんすみませんの言いどおし。ますます動きがぎこちなくなっちゃった。奥さん、わざとらしく溜息をついて、こっちは急いでいるんですけど、なんて言っていた。急いでなんかいないと思うけどね。あとでゆっくりゆっくり買ったものを調べながら袋に分けて詰めていたんだもの。そのあと、私の番のとき、亭主の方が豚肉のパックを持って引き返して来た」
「何だって?」
「あんたの指で押されたせいでラップが破れている。取り替えろって」
「破れていたの?」
「二ミリくらいかな。一ミリかも。おばちゃん、また平謝りしていた」
「やり過ぎだね」
 母親は苦笑した。
「そう、やり過ぎ。確かにね、温かいお惣菜の真横にアイスクリームを置かれたり、でっかいキャベツひと玉を菓子パンの上に転がされたら、私だって苦情を言うけどさ。卵のパックの上に食パンを置かれたからって、乱暴とは言えないじゃない」
「牛乳パックも、だね。横にしようが立てようが、品質に違いが生じるわけじゃない」
「ねえ、ヴィンテージもののワインを扱っているわけじゃないんだからね」
 母親も深く頷いた。
「あの夫婦も、ほかの店員にだったらあんなことは言わないだろうと思うんだ。新人だからいじめた」
「そうだろうね」
 楓子はいささか後ろめたい気分になる。もし自分が研修中の札をつけている店員に当たったら、その夫婦と同じような眼で見てしまうに違いないからだ。まず、はまった、はずれたと感じるのは間違いない。そして、ほかの列に並び直そうとするだろう。それが無理なら意地悪くかごを見張る。口に出して文句は言わないまでも、のろのろした作業にひたすらいらつく。急いでいるわけでもないのに、いかにも忙しげに時計を眺め、舌打ちをする。まるで自分が一度も失敗をしたことがなく、かつて「研修中」であった経験もないかのように。
 そうだ、そういうみみっちい姑(しゅうとめ)根性は、楓子自身にもあるのだ。
「そのとき、思い出したのよ。あんたが自動車免許を取ったばかりのとき、いたじゃない。後ろにぴったり車間距離を詰めてぶいぶい煽(あお)ってきた男」
「いた、いた」楓子も思い出した。「初心者マークを見かけるといやがらせするやつって、ぜったいにいるんだよね」
「あの夫婦も一緒。あら探しをして因縁つけて、びびらせて悦に入る」
 母親はふっと眉を寄せた。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん