連載
ごめん。
第七話 ナニサマ 加藤 元 Gen Kato

「おまえ、安井さんに失礼な態度をとったみたいだな」
 父親に言われたのは、次の日の朝だった。
「ゆうべ、帰ってきたら呼び止められてな。植木の件で話をしたんだよ」
 父親が帰宅したのは深夜近くで、楓子が床に就いたあとだった。楓子はうすら寒くなった。自分の帰宅時もしっかり見ていたようだし、そんな遅い時間まで外を見張っていたのだろうか。
「おかあさんとはこれまでうまくやっていたのに、娘さんの対応は残念だとさ」
「うまくやっていたわけがないでしょう」
 楓子は噛みつくように言っていた。
「おかあさん、近所とはつき合いたくないって言い続けていた。あの女も理由のひとつだよ」
「そうだな」
 父親は苦笑した。
「とにかく、植木屋を呼ぶよ。何とか手を打たなければ、区役所に連絡すると言われたし」
「役所に連絡してどうするの?」
 楓子は鼻先で笑った。
「区役所の職員が枝を刈ってくれるとでも言うの? だったらそうしてもらいましょうよ」
「そういう言い方、かあさんそっくりだな」
 父親が感心したように言った。
「かあさんは他人が嫌いだった。わたしも嫌いになりそう」
「あのひとは、子供のころに親を亡くして、苦労したんだよ」
 父親が視線を落とす。
「親戚じゅうをたらいまわしにされて、意地悪をされて、いつもごめんなさいばかり言わされていたそうだ。だからよけいに人間嫌いになったんだろうな」
 楓子は小さく頷く。
 そうなのか。うん、わかるよ、おかあさん。
「ごめんなさいと詫びられた人間は、いつかは詫びる側にまわる。あやまちを犯さない人間などいないんだから、許さないまでも、どこかで矛を収めなければいけないんだがな」
 そうだ。あやまちを犯さない人間はいない。わかっている。楓子はぼんやりと考える。だけど、わたしは宮本泰成を許せるだろうか。即答だ。許すものか。スギハラカナちゃんとてわたしを許すまい。そしてお隣りさんが矛を収めないことも確かだ。
「早めに植木屋を呼ぼうね、おとうさん」
 わたしは小さい小さい人間だ。誰も許さないし、誰からも許されない。

 次の日は、会社を休んだ。
 晴れた朝だった。楓子は洗濯物の入ったかごを抱えてベランダに出る。ふと見ると、鉢植えの芙蓉(ふよう)の葉が枯れていた。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん