連載
ごめん。
第七話 ナニサマ 加藤 元 Gen Kato

 おかあさん、ごめん。花の季節が来る前に枯らしちゃった。枯らす気はなかったよ。水はちゃんとあげていたし、春先には固形肥料も蒔いた。どこからともなく生えて来る雑草も抜いた。でも、枯れてしまった。
 なにが悪かったの、おかあさん。
 わたし、どこで間違ってしまったの? どうして失敗ばかりしちゃうの?  
 おかあさんなら、言うだろう。仕方がないわね。次からは気をつけなさい。失敗しない人間なんていないのよ。
 そうだね、おかあさん。
 あんたは人間を嫌いになっちゃ駄目。
 うん。でも、無理かもしれないよ、おかあさん。わたしは今、人間が嫌い。大嫌い。
 楓子の眼に熱いものがにじんで、流れ落ちる。
 そんな自分自身も嫌い。大っ嫌いだ。

 一ヵ月後、楓子は会社を辞めていた。宮本泰成との一件だけが理由ではない。楓子は隠れたかったのだ。
 他人から隠れて、誰の眼も届かない場所で、静かに休みたかった。

     四

 午後二時半。
 ランチタイムも終わった店内には、のんびりした空気が流れていた。埋まっているのは、五つあるテーブル席のうち三つ。中年の男客がひとりに、若い女客がひとり。初老の女客の二人連れ。
 平和は、いきなり乱された。
「おい」
 入口に近いテーブルにいる男客が、荒い声を上げたのだ。
 たった今しがた、楓子がコーヒーを運んだばかりである。注文する際の態度も横柄だったから、悪い予感はしていたのだ。厭だなあ。が、逃げるわけにもいかない。楓子は早足で男の席へ向かった。
「見ろよ」
 男は顎をしゃくってみせた。
「はい?」
「はい、じゃねえ。ごみが浮いているだろうが」
「ごみ?」
 眼を凝らしても、楓子にはよく見えない。しかし、頭を下げるしかなかった。
「申しわけありません。すぐにお取り替えします」
「この店は食い物を扱ってるんだろうが。気をつけろ」
「申しわけありません」
 男の怒声で、店内はいっそう静まり返っている。楓子はコーヒーカップを下げて、厨房へ戻った。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん