連載
ごめん。
第七話 ナニサマ 加藤 元 Gen Kato

「いくらだよ」
 伝票に書いてあるだろうが。見えねえのかよ。とは言えない。
「七百円です」
 男はせせら笑った。
「ここのコーヒーにそんな価値はねえだろうが。ごみを浮かせやがってよ」
 男は千円札を投げつけるように置いた。むっとした表情を出さないようこらえつつ、楓子はレシートと三枚の百円玉を木のトレイにのせて差し出した。
「レシートは要らねえ」
 男がトレイを払いのける。その拍子に、百円玉は床に散らばった。
「あああ」
 楓子はうめいた。最悪。
「なにをやっていやがるんだ」
 案の定、男は嬉々として罵声を上げた。楓子は泣きたくなる。あんたのせいでこうなったんだろう。
「申しわけありません」
 床にかがみ込んで、百円玉を拾おうとする楓子を、静かな声が止めた。
「鍋島さん、そのままでいい」
 佐々木ルミがすぐ後ろに立っていた。台の上に置かれた千円札を取り上げ、男に突き出した。
「お代金は要りません。どうぞお帰りください」
「なに?」
 男は絶句した。
「あなたはお客さまではありません。ですから、あなたにお金を払っていただくつもりはありません」
 佐々木ルミはきっぱりと言い放った。楓子はしゃがんだまま呆然と佐々木ルミを見上げていた。
 店長、格好いいじゃないか。
「何だと?」
「お帰りはあちらです」
 男が顔を赤くして、わめき立てた。
「おい、ちょっと待て、おまえ」
 手を伸ばして佐々木ルミにつかみかかろうとする。楓子は思わず悲鳴を上げそうになった。
「やめておきなさい」
 男の背後に、背の高い影が立った。
「それ以上、騒ぎ立てたら、署まで来てもらいますよ」
 さっきまで奥のテーブルにいた若い女客だ。男より背が高く、肩のがっしりとした、精悍な顔つきの女だった。
「しょ?」
 男は毒気を抜かれたようだった。
「すぐそこのM橋警察署にね」
 女は言った。
「私は防犯課の刑事です」



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん