連載
ごめん。
第七話 ナニサマ 加藤 元 Gen Kato

「私、杉原です。杉原香奈。あなたに言いたいことがあって、出張ついでに来たんです」
 杉原、香奈?
 この言葉遣い、関西のひとだよね。
 あっ、と思い当たった。
「以前、池田さんがあなたにごちゃごちゃ言うたらしいですけど、あれ、私の意思じゃないんです。ばしっと言うてやった、って威張ってたから、阿呆かって叱っておきました。よけいなことはせんで欲しい。そんな真似されたら、私がしょうもない、情けない女や思われますやん。そりゃ、正直、あなたに腹が立たなかったといったら嘘になるけれど、いちばん悪いんはあの男やし」
「あの、わたし」楓子はしどろもどろになった。「彼とは別れましたよ」
「私もです」
 当然、といった面持ちで、杉原香奈は頷いた。
「あなたが会社を辞めたと聞いて、うわあ、それはあんまりや思うて。私と池田さんが辞めさせたようなもんやないの。鍋島さん、あなた、あんな男のために、人生棒に振ることないですよ」
 いや、人生を棒に振ったとまでは考えていないんだけどな。
 思いつつ、楓子の胸に、温かいものがあふれて来る。
「私もな、ここまで来るには来たけれど、声をかけようかどうか、ずうっと迷ってたんです。そうしたらあの変なおっさんが叫び出して」
 話し続ける杉原香奈の顔を見返しながら、楓子は考えていた。
 このひとは、わたしに、謝れとは言わない。謝りに来たわけでもない。ただ、こうして、話をしに来たんだ。
 おかしなひとだ。刑事だなんて言って、もとの恋敵を助けたりして。
 店長にしろ、杉原香奈にしろ、かなりおかしい。
 こんなおかしな人間たちがいる。世の中は、まだまだ棄(す)てたものじゃない。

 ――おかあさん。
 わたしはどうにか、人間を嫌いにならずに生きて行けそうな気がします。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん