連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

     一

 このごろ、スマートフォンばっかり見ているよね。
 不意に言われて、バン型トラックの運転席で待っていた里村永二郎(さとむらえいじろう)はいささか面食らった。
「え?」
「いや、以前はさ、現代(いま)どきの若い兄ちゃんにしては、あんまり携帯電話を気にしたりいじったりはしていなかっただろう?」
 助手席に乗り込んで来た、上司の藤堂(とうどう)さんが眼を細める。
「それが、最近は気がつくと手もとを眺めている」
「いや、たまたま、友だちから連絡が来ていたんですよ」
 弁解気味に、永二郎は返す。嘘ではない。島田壮介(しまだそうすけ)からメッセージが届いている。「今夜は暇か」と、味も素っ気もないひと言。きっと食事か酒の誘いだろう。島田とは、しばらく会っていない。別に予定もないし、会ってもいいな、と思う。
 それに、永二郎はもう三十歳だ。若い兄ちゃんと呼ばれる年齢ではなくなりつつ、ある。
「友だちって、女だろう?」
 藤堂さんは、にやにや笑っている。
「違いますよ。野郎です」
 島田は、高校のころからの古い友だちだ。友人知人の少ない永二郎にとっては、ただひとりの昔なじみである。
「ふふ、わかっているよ。ふふふ」
 藤堂さんはひとり合点して、含み笑いをする。
「若いって、いいねえ」
「そんなんじゃありませんよ」
「若いと言えば、残念だよな。せっかく力を出して来たところなのに休場とは。それも靱帯(じんたい)損傷だからな。長引くよ」
「じんたい?」
「相撲だよ、相撲の話」
 藤堂さんは永二郎にはまったく関心のない力士の名を挙げた。やたら話が飛ぶのは藤堂さんの癖なのだ。話題は早くも切り替わったか。永二郎はほっとした。どうやらおれの女性問題を追及する気はないらしい。よかった。会社の上司、営業部長で六十代の藤堂さんに、私生活を詮索されるのはありがたくない。
「行くか」
 藤堂さんが顎(あご)を上げて指示を出す。永二郎は頷いて、エンジンをかけた。
「おっと、危ない」
 トラックのすぐ前を、ショッピングカートにもたれかかるようにしながら、おばあさんがのたのたと横切っていく。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん