連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

 永二郎は反論した。でも、おれにだって、いつかそのときが来るはずだ。実に楽々、たやすく、相手を見つけている人種もいるじゃないか。
 島田の再反論は残酷だった。いる。けど、俺たちとは違う人種なんだ。自然体なんて幻想は棄(す)てろ。俺たちには、自然なんて贅沢は許されない。
「相席居酒屋ってやつだよ」
 島田はにやにやしている。
「金はちょっとかかるけど、けっこう盛り上がるんだ」
 相変わらず、島田は積極的な行動派だ。永二郎とは異なり、出会った子とはデートにまでこぎつける。つき合うことになった、という言葉も二度ほど耳にした。しかし、その後はあまり長くもたない。なぜなのか、深く追及したことはない。とにかく、忙しかったり、すれ違ったりで、駄目になるらしい。
「おれはやめとく。めしだけで帰るよ」
「えええええ」
 島田が野太い嘆声を漏らした。
「そう言うなよ。つき合えよ」
「悪いけど遠慮する」
 永二郎はテーブルの隅のベルを鳴らして、店員を呼んだ。
「冷たいな」
 島田はうらめしげに永二郎を見ている。
「さては、おまえ、彼女ができた?」
「え」
 永二郎は眼をぱちぱちさせた。
「できたろう。わかったよ」
 島田は皮肉に片頬を上げてみせた。
「おまえ、さっきからちらちら電話ばっかり見ているもの」

     *

 永二郎は、内野ゆかりのことが大好きだった、とは言えない。しかし、決して嫌いではなかった。
 好きだと言ってくれた気持ちは嬉しかったし、大事にしたいとも思った。けれど、内野ゆかりと一緒に歩いていて、退屈を覚えなかったといえば、嘘になる。
「今朝、髪を切りなさいってママが言ったの。あたしは長い髪より短い方が似合うって。だけどパパは長い方が好きだって言うの。切れなんて言うの、ママだけだよ。変だよね。でも、このあいだ、レイカが髪をショートにしたじゃない。似合うよね。だからちょっと迷っちゃっているところはあるんだ。トモヨも短くしたいって言うし。ねえ、里村くんはどう思う?」
「なにが?」
「あたしの髪」
「好きにしたらいいんじゃない」
「なにそれ」
 いや、なにそれと言われても、なあ。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん