連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

     *

 高校一年の夏休み、バイクの免許を取った。
 毎晩、スーパーマーケットで品出しのアルバイトをして金を貯め、年末にはバイクを手に入れた。K社製の二五〇t。十年前の古い型で、色は黒。ぜったいにその車種でなければいけない、というほどのこだわりがあったわけではない。近所の中古車販売店で、予算内で買えたのは、その一台だけだったのである。
「足つきはいいよ」
 五十代半ばほどの、白髪まじりの口ひげをたくわえた店主は、しきりにそう勧めた。
「女の子でも、小さいひとでも、楽に乗れる」
 小柄な永二郎はいくぶん不機嫌になる。ひげおやじめ、うるさいよ。小さいひとで悪かったな。
「距離もそんなに走っていないしね、いい買い物だと思うよ」
 多少エンジンがかかりにくいのと、リアブレーキが利きにくいのが難だったが、ひげ店主の言葉どおり、乗り心地はとてもよかった。ちょっと驚くほど響くエンジン音も、慣れれば快かった。
「まるで暴走族だ」
 兄には冷やかされた。
「そのバイク、完全に族車じゃないか」
 不良方面に関する憧れは微塵(みじん)もなかったから、そう言われるのは心外だった。が、島田にも同じことを言われた。
「あっ、族車だ」
 母親は心配していた。
「あんたはふらふら遠くへ行っちゃうから、自転車でもひやひやしていたのに。事故を起こさないようにしてよ」
 大丈夫だ。族車かもしれないが、暴走族みたいに無闇にスピードを出すわけではない。スピードを出せば出すほど高揚感が増すのは確かではあったが、スピードメーターのレッドゾーンに突入する勇気はない。ただ、ひとりで気ままに走っているのが楽しい。
 自転車は、厚いカバーの下で長い眠りについた。休みの日は、たいがいバイクを走らせた。ブレーキの問題もあるし、いささかオイル漏れもしていたので、まめにメンテナンスをする必要があったため、アルバイト代はほとんどバイクに消えた。
「女の子より手がかかるでしょ」
 中古屋のひげ店主は、にやにやしていた。
「けどね、そこがいいんだ。ますます愛情がわくよね」
 おっしゃるとおりだ。手をかければかけるほど、愛しい気持ちが募って来る。自転車のときと同じだ。他人には触れさせたくない。寒い朝、なかなかかからないエンジンに舌打ちし、使い古しのおんぼろめと罵(ののし)りつつも、ぶるん、と来ると、途端に愛いやつだという思いがこみ上げる。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん