連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

「おふくろさんがバイクを禁止したんだよな。無理もないけど」
「親父も乗るなと言ったよ。で、運転したいなら自動車にしろ、と言われて自動車の免許を取ったんだ」
 永二郎は、逆らった。冗談じゃない。事故はおれのせいじゃない。相手の運転手の前方不注意だって、運転手自身も保険会社も認めたじゃないか。だが、母親は頑強に言い張った。誰がいい悪いじゃない。バイクは危ないからよ。母親との言い合いはどこまでも平行線だった。入院中のベッドの上でまったく口を利かなくなった永二郎に、父親が、自動車なら、と交換条件を持ち出した。
 永二郎は、それを呑んだ。
「つまり、はねられるのは困るが、はねるのはOKってことか」
 島田が笑った。
「親心だなあ」
 永二郎は、島田にずいぶんなことを言われっぱなしである。

     *

 退院してから、壊れたバイクを見た。
「見なさい。車体がこんなに凹んじゃってるのよ」
 母親が指を差す。
「物凄い勢いで、ガードレールに叩きつけられたんだもの。ガードレールもひどい有様だったのよ。知っている? ガードレールって設置の費用も含めて十万円近いんだからね」
 永二郎は、返事をしなかった。
 ハンドルが歪んでよじれて、前輪が外れかけ、燃料タンクが潰れている。マフラーもひん曲がって、見る影もない。
 おれのバイクは、壊れてしまった。
「命が助かって、足首の骨だけですんで、本当に本当に運がよかったわ」
 おれの代わりに、こいつが壊れた。
「あら厭だ」
 母親が、素っ頓狂な声を上げた。
「泣いているの、あんた」
 永二郎は、泣いた。幼い子供に帰ったように、泣いていた。
 こいつと過ごした、かけがえのない時間。大好きだった時間。もはや失われた時間の、大事な相棒。

 ――死ぬのかな、おれ。
 ――死ぬのかも。

 おれも死ねばよかった。
 永二郎は、泣き続けた。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん