連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

     *

「そしてそのあとは、自動車一本鎗だ」
 島田は片手を上げて店員を呼び、ビールのお替わりを注文した。
「俺、これまでに二回くらいしか乗せてもらっていないよな、おまえの自動車」
 二回ということはない。五回か六回は乗せた。しかし、その程度だ。
「小さいからな」
 永二郎は穏やかに流した。
「野郎二人じゃ、窮屈じゃないか」
 自動車の免許を取った永二郎が、金を貯めて買ったのはコンパクトカーである。車種にまったくこだわらなかったのは、バイクのときと同じだった。予算内で、燃費が比較的よくて、加速がいいもの。基準はそれだけだ。
「おまえ、色すら気にならないんだろう?」
 島田があきれたように言う。永二郎は頷いた。
「自分が乗って運転するぶんには、外側の色は関係ないじゃないか」
「そういう部分が変なんだよ、おまえ」
 むろん、自動車販売店をいくつもまわって、慎重に吟味を重ねはした。なにぶん、高価な買い物だ。色だって、これがいいと感じたから購入を決めたのである。だが、それは決断するうえでの強い理由にはならなかったし、このクルマは若いひとにすごく人気があるんですよ、などという店員の煽(あお)り文句にも乗せられなかったことは確かだ。
 最終的に永二郎が眼を留めたのは、メタリックな緑色のあいつ・・・だった。
 このクルマは小まわりが利いていいですよ、と、店員はしきりに勧めた。ご家族向けとしたら、小さめかもしれないですけど、このサイズとしては内部の広さも最大限確保してあります。買い物した荷物くらいはじゅうぶん積めますし、彼女とのデートにはぴったりでしょう?
 そのとおりですね、と、あたかも彼女がいるかのように、永二郎は話を合わせた。
 軽自動車に較べて強度はやはり段違いです。カーナビも最新式のものを搭載しています。この個性的なカラーもいいでしょう?
 永二郎は大きく頷いた。カメムシみたいな色ですね。アカスジキンカメムシ。気に入ったことを伝えたつもりだったのだ。
 が、店員の頬ははっきりひくついていた。
「助手席に他人が乗っているのが厭だなんてやつは、おまえくらいだ」
 島田は、運ばれてきたビールジョッキをぐぐいと傾けた。
「決して女を乗せることがない、おまえの自動車」
「かあちゃんを乗せているよ」
 永二郎がいくら厭だと言っても、母親だけは買い物の荷物を運べ病院へ連れていけ駅まで送れと強引に乗り込んでくるのだ。仕方がない。そして狭いのカーナビの声がうるさいの足もとが窮屈だの、文句ばかりを吐く。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん