連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

「おふくろさんは女の数に入らねえよ」
 酒にそれほど強くない島田は、二杯めのジョッキで早くも眼が据わって来ている。永二郎は心配になる。こいつ、このあと、件(くだん)の居酒屋へたどり着けるのか。
「おまえは彼女を助手席に乗せる気があるのか?」
 永二郎は紙ナプキンで口もとをぬぐった。そのことは、彼女とつき合うようになってから、ずっと考えている。
「あっ、また電話を気にした」
 島田がはやし立てた。
「していないよ」
「した、した」
「してねえっての」
 永二郎は低く吠えた。
「彼女はあんまり頻繁に連絡をよこさない女なんだ」
 自分でも思いがけず、怒ったような声になっていた。
「へえ」
 島田は眼をまるくした。
「普通は女の方がこまめにいろいろ言って来るもんじゃないの?」
「それでいいんだ」
 永二郎は苦々しく返した。
「おれだって同じだ。それでいいんだ」
「よくないよ。おまえからちゃんと連絡しろ」
 島田が言った。真顔になっている。
「そして、二人で一緒にドライブへ行け」

     *

 ひとりで走るのが好きだった。
 カーナビは切っておく。誰かの声も、世間話もなしだ。
 どこまでも続く道路と、前を走る自動車のテールランプ。四車線だった道路が二車線になり、前にも後ろにも自動車がいなくなる。ガラス越しの闇は次第に濃くなり、ぽつんぽつんと灯る白い街灯が近づいては過ぎ去る。夜の中を自分だけが走り抜けて行く。
 ――橋を渡ったな。何て名の川だ?
 ――向こうに工場の煙突が見えるだろう。ずっと以前にも来たことがあったよ。あのときは夏だった。
 ――そうだ。めしを食ったあとでソフトクリームも食ったじゃないか。
 走りながら、永二郎はずっと話をしていた。他愛のない、気づかいのない会話。息を吐くような自然な会話。
 それができるのは、あいつ・・・とだけだった。
 けれど。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん