連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

 最近では、あいつ・・・を走らせながら、話をすることは少ない。ぼんやりと考えごとをしている時間の方が長いのに、自分で気がついている。
 赤信号で停車するたび、電話を確かめている。そして、そのたび、あいつ・・・を裏切ったような、申しわけないような気持ちがこみ上げる。
 ――おれは、この時間が大好きだ。そのことに間違いはない。この時間が大事だ。おまえが大事だ。変わりはないんだ。
 ――けれど。

     三

「もしもし、忙しい?」
 夜。
 酔いのまわった島田と別れてから、永二郎は吉本佑理に電話をかけた。
「用事は別にないんだけど」
「いいよ」
 吉本佑理は、くぐもった声で応じた。
「今、本を読んでいたところ」
「ごめん、邪魔した」
 吉本佑理は読書家だった。部屋には大きな本棚が二つも置いてあって、中にはぎっしり本が詰まっている。だから物識りなんだな、と永二郎はひそかに畏れを感じている。
「いいの。ちょうど、お茶でも淹(い)れようかと思っていたところだったし」
「用事は別にないんだ」
「わかっている。さっき聞いた」
 そうだ。さっき言った。
「本って、なにを読んでいるの」
「推理小説。大好きなの」
「殺人事件もの?」
「うん。ひとが死ななきゃ、おもしろくないでしょう」
「そうだね」
 ひどい会話だ。永二郎は苦笑した。
「何人死んだ?」
「七人かな」
 殺人鬼も、えらく大盤振舞だな。
「犯人を早く知りたいんじゃない?」
 ふふ、と軽い笑いが返って来た。
「ごめん。切ろうか」
「いいってば、いいの。見当はついている」
 まあ、七人も死ねば、残された登場人物であやしいやつは限られて来るだろうしな。だが、永二郎にはそれでもわからない気がする。ミステリー映画やドラマを観ていて、犯人がわかったためしがない。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん