連載
ごめん。
第九話 うさぎが転んだ 加藤 元 Gen Kato

「アリバイもあるし、主人公と親しいし、いかにも犯人っぽくないところがいかにもくさいの」
 読みながらきちんと推理しているようだ。永二郎は感心する。永二郎の母親も、サスペンスドラマの犯人は早々に言い当てることができるが、あの場合は物語を通して論理的な推理を組み立てたわけではない。大物女優はたいがい犯人、という法則から見当をつけているのであろう。
「今日、友だちと会って、めしを食ったんだ」
 永二郎は、話題を変えた。
「前に話したかもしれない。島田っていうやつ。高校のときからの、数少ない友だち」
「わたしも友だちは少ないよ」
 さもありなん。吉本佑理からは、雛子(ひなこ)という落語好きの友だちの話しか聞いたことがない。
「日曜日に会える?」
 本題に入った。
「いつもどおり空いているよ」
 吉本佑理が明るく笑う。
「里村くん、土曜日にはだいたい会えないものね。日曜日はぜったい空けておくよ」
 瞬間、強い衝動が、永二郎の奥からこみ上げた。
 会えない?
 いいや、会えるんだ。
「会いたい」
 おれは、会いたいんだ。今すぐにでも。
「そうだね」
 吉本佑理は、いくぶん戸惑った声で応じた。
「でも、もう木曜日だし、週末だもの。すぐに日曜日だしね」
 そうだ、明日は金曜日なんだ。島田の声が永二郎の耳に蘇(よみがえ)った。二人で一緒にドライブへ行け。
「金曜日の夜、ドライブをしないか」
「ドライブ?」
 吉本佑理の言葉の語尾が、不審げに下がった。
「どこへ行くの?」
「どこでもいい」
 いや、これじゃ答えにならない。
「どこか行きたいところは、ある?」
「突然すぎて、思いつかない」
「けど、明日の夜は大丈夫だね?」
 気分の高ぶりのせいで、永二郎はいささか口早になっていた。
「いいんだ。いつも目的地はない。行って帰って来るだけだよ」
「いつも?」
 そう、いつも。休みの前の夜の、永二郎の大事な時間。
「ドライブには、友だちと行っているの?」
 友だち。少なくとも、永二郎にとってはそうだった。
「ひとりだよ」
 どう説明しよう。おれは話がうまくないし、そもそも説明したところで、彼女には理解されないかもしれない。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん