連載
ごめん。
第十一話 十四と四十 加藤 元 Gen Kato

 痛い。
 右横に座っている姉の咲枝が、慎次の脇腹をこぶしで突いたのだ。
 なにをするんだ。
 そっと顔を見る。咲枝は眉根に皺(しわ)を寄せて慎次をにらみ返す。後ろに座っている咲枝の息子、甥(おい)の恭介が笑いをこらえているのが視界に入る。要は、寝落ちしそうになっているのが、ばればれであったらしい。
 眠いんだもの、寝ちゃうよ、なあ?
 恭介に眼くばせをして、膝の上に視線を戻す。
 彼岸の法事なんて、要らないよ。母親を偲(しの)びたいなら、集まってめしを食って笑って話すだけでいい。どうせほかに親類を呼ぶわけでもない。坊さんを儲けさせることはないんだ。あのひとたち、俺たちより金持ちなんだよ。本堂の隣りの車庫を覗いてみろよ。野球選手みたいな自動車に乗っているんだからな。
 法事をする、という連絡をもらったとき、いちおうそのように言ってみはした。が、咲枝はふんふんと鼻先で受け流した。
「野球選手けっこう。羽振りがいいそのお寺には、いずれはあんたも入るお墓があるのよ。やるべきことはやっておかないとね」
 俺のことなら気にしないでくれよ、と慎次は言った。
「あんただけじゃなくて、わたしだって入るかもしれない」
 いやいや、姉ちゃんは嫁に行った身だろう。ひょっとして、晟一(せいいち)さんと離婚する気なのか。
「あのひとと別れる別れないはともかく、井上家の墓には入りたくないの」
 咲枝はきっぱりと言いきった。そういえば、深くは聞いたことがないが、咲枝は亡くなった姑(しゅうとめ)さんと仲が悪かったようだ。
 へえ、そんなもんなの。
 慎次は間の抜けた相槌を打つしかなかった。死んだ母親と、別れた妻も仲が良くはなかったんだろうな、と今さら思う。少しでも情があれば、通夜か葬式に顔を出してもいいはずだ。いかにこちらに非がある形で離婚したとはいえ、縁があって夫婦になり、娘が生まれた。真衣にとっては実の祖母なのだ。
 だが、母親の通夜にも葬式にも、二人は顔を見せなかった。
 慎次は、咲枝の顔をそっと盗み見る。いつ果てるとも知れぬ住職の読経を、咲枝は神妙な面持ちで聴いている。
 通夜の晩、弔問客が果てたのち、母親の棺の前で、咲枝は崩れるようにぺたんと横座りになって、泣いた。普段は気丈でしっかり者の姉なのに、子供のころに帰ったような泣き方だった。十年前、父親が死んだときより、涙の量は多かった。夫である晟一も、おろおろうろたえるばかりで、慰めることもできないようだった。取り乱すママを眼にして、恭介まで半べそをかいていた。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん