連載
ごめん。
第十一話 十四と四十 加藤 元 Gen Kato

 姉ちゃんは、泣けるんだな。
 慎次はぼんやり考えていた。自分はここまで泣けない。幼いころから、なにかにつけて言われていた。
 男の子でしょう。泣くんじゃないの。
 母親からも、父親からも諭されて来た。
 物心ついたころ、慎次は泣き虫だった。よく笑って、間断なく喋りまくって、大声を上げて走りまわり、転べば泣く。落ち着きのない子供だったのだ。だから、両親からいつも注意ばかりされていた。
 少しは黙りなさい。男の子はそんなにぺらぺら喋るものじゃありません。
 静かにしなさい、男の子でしょう?
 いかにも古い、昭和の教育だ。現代(いま)どきの子供は、そんな風には躾(しつ)けられないだろう。恭介が小さいときだって、咲枝はそんな風には叱らなかったように思う。むしろ、男だから女だからって、性差を押しつけるのは自由の束縛に当たるのよ、などと口を尖(とが)らせていた。
「わたしたちだって子供のころ、ああいう言い草は理不尽だと思ったじゃない?」
 いいや。そんなもんかな、と思っていたよ。
 慎次が答えると、咲枝は軽蔑したような眼になった。
「あんたは深く考える型(タイプ)の子じゃなかったからね」
 つまり、単純、もしくは馬鹿と言いたいのだろう。否定はできない。慎次は単純だった。男は泣かない。男は多くを語らない。親が言うのだから、そうなのだと信じた。残念ながら、いまだに慎次はお喋りな性質(たち)だが、感情を抑える努力はできるようになっている。
 だから、父親のときも、母親のときも、通夜でも葬式でも泣かなかった。涙がこみ上げはしたが、咽喉(のど)もとで堪(こら)えた。
 男は泣かない。
 かつて母親が言ったように、自分に言い聞かせていた。
 男の子でしょう。泣くんじゃないの。

     二

 墓参を済ませ、寺から出たのは、正午をまわった時刻だった。
「まつむらを予約してあるからね」
 言って、咲枝は晟一の肩を押すようにしながら、悠然と歩き出す。父親の生前から、三十年以上も、法事のあとは決まって、うなぎ屋「まつむら」で食事をする。それが、木崎家の公式行事となっているのだ。
 父親の死後、数年と経たずして、寺との交渉も店への連絡も、咲枝の役目になっていた。ことに体調を崩して入院して以降、母親は咲枝にすっかり頼りきりであったようだ。
 木崎家の跡継ぎは自分じゃない、姉ちゃんだな。
 墓地の向こうを、電車が通り過ぎる。風が吹いて、梅の花びらが舞う。黒のスーツを着た咲枝の、ぴんと伸びた背筋を、後ろから見つめながら、慎次は思った。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん