連載
ごめん。
第十一話 十四と四十 加藤 元 Gen Kato

 母親も、そのように考えていたのは間違いない。俺より姉ちゃんを頼りにするのは当たり前だ。俺は、自分の家庭すら保てなかったんだから。
「おじさん」
 慎次から二、三歩遅れて歩いていた恭介が、ぼそりと声をかけて来た。
「真衣ちゃんは元気なの?」
 痛いところを、ぐさりと突かれた。
「元気だよ」
 さりげない態度を装って、慎次は答える。
「今日の法事のことも、知らせはしたんだけどな。部活があるんだってさ」

 そうじゃない。
 真衣は、父親である自分に会いたくないのだ。
 正確に言えば、妻と娘がありながら、よその女と浮気をして、家庭を壊した、父親失格の男。
 うんと幼い時分から、変わらない。あの子は、いつでもママの味方だった。わかっている。こうなったのは、すべて自分に責任がある。悪いのは、自分。亡くなった母親にだって言われたじゃないか。
 やれやれ、あんたも、お父さんと変わりゃしないね。
 そうだ、離婚に至った、あのときに知ったのだ。父親にも浮気の過去があったことを。姉はずいぶん昔から知っていたらしいが、慎次はまるで蚊帳の外だった。相手の女とは、それほど本気でもなかったらしい。いっときの暴風が過ぎ去ると、父親はなにごともなかったかのように母親のもとへ帰って来た。
 離婚を考えなかったの?
 母親の返事は、渋い笑みとひと言だった。
 今とは時代が違うからねえ。
 父親と同じ時代であったら、結果は違っていたのだろうか。妻は我慢も許しもしなかった。
 きっかけは、慎次の浮気だった。けれど、根は違うところにあったのだと、今にして思う。妻と二人して築き上げる、はずだった家庭。なのに、自分だけが異物であるような違和感は、はじめからつきまとった。
 あそこには、俺の居場所はなかった。
 大学のころからつき合っていた、同い年齢(どし)で笑い上戸の樹美佳(きみか)。彼女は、自分の母親(ママ)と大の仲良しだった。ママには何でも話せるの、と言うのが樹美佳の口癖で、口にする七割はママがどうしたこうしたという話題だった。そればかりか、二人で出かける予定の約束、ディズニーランドや映画にもついて来たことがあった。まず、そこで厭(いや)な顔ができなかったのがいけなかったんだよなあ。
 樹美佳が妊娠を告げたとき、慎次は二十八歳だった。どうするのと低い声で訊かれ涙ぐまれ、結婚しようと慌てて口にしていた。夫となり父親となる責任感はまるきりなかった。これで決まったんだな。まあ、俺もそろそろ結婚しなくちゃならない年齢だものな。他人ごとのように考えていた。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん