連載
ごめん。
第十一話 十四と四十 加藤 元 Gen Kato

「中学のころ、部活に入っていた?」
 恭介が、不意に話題を変えた。真衣のことに触れたくない、慎次の内心を察したのかもしれない。
「入っていた。野球部だ」
 恭介の眼が、驚くほど近い。いつの間にかずいぶん背が高くなったな、と思う。
 真衣もそうだ。会ったのは、二ヵ月前。正月の三日に、食事をした。最初のうちは、つんけんした態度を取っていた。パパとごはんを食べるのなんて気が進まないけど、お年玉をもらうために仕方なく来たんだよ。おばあちゃんやママを裏切るつもりはないんだからね。全身、拒絶の鎧(よろい)で覆われているかのようだったが、別れ際には笑顔も多くなっていた。まだ防御が完璧ではないのだ。四月で六年生になる。女の子というより、女らしくなっていた。
 子供の時間は、大人とはまったく違う速度で進んでいる。わずかのうちに、見違えるほど変化する。
「野球が好きだったの? 知らなかった」
 真衣は、いつまで自分と会ってくれるだろう。いつ、樹美佳と同じ、完璧な拒絶の鎧を身につけてしまうようになるのだろう。
「いや、好きというほどでもなかった」
 日差しが顔に照りつけて、暑いほどだ。慎次は羽織っているコートを脱ぎたくなった。
「だったら、どうして野球部に入ったの?」
「仲のいい友だちが入ると言ったからだ」
「なあんだ」
 恭介があきれた声を出した。
「それが理由?」
 大昔、同じ言葉を、母親にも言われたっけな。
 部活に入るのはいいけど、どうして野球部なの?
 慎次は答えた。田中くんや上村くんも入るって言うからさ。母親はあきれたように首を横に振った。
 あんたって子には、主体性がないの?
 なかった、のかもしれない。
 姉の咲枝は、優等生だった。勉強も運動も上出来。口が達者で頭の回転も速く、怒ればびんたや蹴りも素早く飛ぶ。一方、弟の自分と来たら、勉強はできないし、運動神経もそこそこ。喋ることは機関銃のようだが、内容はとりとめがなく落ちもない。
 で?
 たいがい咲枝は苛々(いらいら)した調子で遮るのだった。
 その話、けっきょくなにが言いたくて、どこが面白いの?
 いつだって駄目出しを食らっていた。俺はこれでいいのかな。いや、このままじゃいけない。焦るような思いはあれど、どうしたらいいのかはわからない。今までの自分をちょっと変えてみたい。そう考えたからこそ、野球部に入ろうと決めたのだ。いかに主体性はないといえど、その点は間違いない。
「ポジションは?」
 恭介が、矢継ぎ早に訊ねる。
「レギュラーになったの? 活躍した?」
 しなかった。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん