連載
ごめん。
第十一話 十四と四十 加藤 元 Gen Kato

 二年生になったとき、レギュラーになれたのは上村ひとり。熱血顧問の本橋先生も、田中や慎次に対してはまるで無関心だった。来る日も来る日も、ランニングと球拾い。そしてグラウンド整備。
「毎日、それなの?」
 恭介が渋面を作った。眉を寄せると、咲枝によく似た顔になる。
「楽しかった?」
 もちろん、楽しくなかった。といって、さぼることもままならない。ばれたら熱血な本橋先生にびんたをされる。
「体罰だ」
 そのとおり。かつてはそれが当たり前だった、思えば暗い時代だったのだ。
 かといえ、さぼれたところで、慎次にはほかにすることもなかった。家に帰って、部屋にこもって、ゲーム三昧。悪くはないが、そうすると母親に叱られ、溜息をつかれる。そんな自分を変えたくて入ったはずの部活ではないか。だから、半ばはあきらめ、半ばは惰性でグラウンドに出ていた。
 そうだ。そういえば、慎次にはたったひとつ、他人に自慢できる特技があった。
「特技?」
 恭介がきらきらした眼で慎次を見つめる。
「ライン引きだ」
 慎次は、グラウンドのライン引きがうまかった。並み居る部員の中で、いちばん上手であったことは確かだ。白く美しく、真っ直ぐな直線を引く。本橋先生にも絶賛された。
 プロ並みの技だよ。おまえ、野球場に就職できるんじゃないか。
 三年間、本橋先生が慎次に熱い言葉をかけてくれたのは、あとにも先にもそれきりである。
「おじさん、残念過ぎるよ」
 恭介が溜息をついた。
「せっかく部活に入ったのにね」
「しかし、失敗から学ぶことができれば、結果的には成功だろう」
「学んだの?」
「野球部には二度と入るまい、と誓った」
 高校に入ったらもっとのんびりした部活に入ろう。野球部はもうこりごりだ。
「そんなの成功じゃないよ」
 恭介があきれた表情になる。やはり咲枝によく似ている。
「高校は、第一志望に入れたの?」
「入った」
「すごいね」
 まったくすごくない。
 高校受験も、母親には溜息の種だったろう。咲枝とは異なり、慎次の成績では選べる学校も限られている。担任には私立を薦められたが、慎次は公立高校を受験した。レベルは上げられないんだから、せめて学費が安い方がいいよね。慎次が言うと、母親は困ったような顔をした。
 案外、気を遣うのね、あんた。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん