連載
ごめん。
第十一話 十四と四十 加藤 元 Gen Kato

「お父さんとは、こういう話をするのか」
 恭介は首を横に振った。
「だろうな」
 慎次だって、父親と深く話し合った覚えはない。亡くなった父親は怖い存在ではなかったが、どことなく話しにくかった。もっと長生きをしていたら、違ったのだろうか。互いの失敗を笑いながら話せる、そんな関係になれたのだろうか。
「ママには話せることも、パパには話せない。話すときは、ちゃんと筋道を立てて、結論を出してからじゃないといけない気がする。思ったままには話せない」
「よそ行きなんだな」
「そう」恭介は頷いた。「パパは、よそ行きの感じだ」
 恭介にとっての父親がよそ行きなら、真衣にとっての自分はどれほどの存在なのだろうか。大人になる、ひとつの答えは、親になることであったのかもしれない。むろん、単に誕生のきっかけとなるだけではない。手もとで子供を育て上げること。彼らが新たな家庭を持つまで見守ること。親としての生をまっとうすること。しかし、慎次はすでに、大事なものを手放してしまった。大人になる機会を、自ら拒むかのように。
 はっきりしていることがある。大人になる、ということは、断じて自然現象じゃない。ただ闇雲に年齢を重ね、じじいになろうがばばあになろうが、それだけでは大人になれない。
「恭介には、夢があるのか」
 恭介が、うつむいた。
「よくわからない。どうなんだろう」
 中学生のころ、自分もまた、恭介と同じように不安だっただろうか。毎日毎日、明るく、楽しく、物ごとを深くは考えず、グラウンドに出てラインを引いて、球拾いをして、家に帰ってTVを観て、漫画を読んで、ゲームをしていたのではなかったか。
 いいや、違う。
 覚えていないだけだ。少なくとも、楽しい時代ではなかった。そうでなければ、大人になりたいなどと願うはずもない。
 大人になりさえすれば、現在の悩みはなくなる。苦しさはみな超越できる。そう信じていたのだ。
「俺はどうなるんだろう」
 恭介が、心細げに呟いた。
「何とかなるさ」
 そうだ。そのことだけは間違いがない。四十年以上生きて、言えるのはそれだけだ。何とかなる。
「いい加減だね」
 恭介が、咎(とが)めるように言った。
「少なくとも、俺よりはましな人間になるよ」
「いい加減、だ」
 恭介が、不意に小走りになって、両親のあとを追っていく。
 咲枝と晟一が、うなぎ屋の正面に立って、二人が来るのを待っているのが見えた。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん