連載
ごめん。
第十一話 十四と四十 加藤 元 Gen Kato

 ごめんなさい。
 ごめんなさい、あのころの俺。
 そんな人間には、けっきょくなれなかった。
 現在でも、俺はいつも怯(おび)えている。恥ばかりかいている。知ったふりはしているけれど、実際は知らない。誰かを好きになっても、誰かには嫌われる。誰かを怒らせ、誰かとの関係は壊れる。生きることは、うまく行かないことばかり。どうすることもできない。誤魔化して、やり過ごして、大人のふりをしているだけだ。四歳のころとも、十四歳のころとも、中身はまるで変わらない。
 涙は我慢できる。
 強くなった? そうじゃない。
 なにも感じないふりをすることに、慣れただけだ。

 ――大人じゃなきゃ、何なの?

「大丈夫だった?」
 洗面所から戻った慎次に、咲枝が訊いた。
「長かったじゃない。だいぶ痛そうだったものね」
「痛かったよ」
 慎次は腰を下ろしながら答えた。腿の痛みはやわらいだものの、今度は腰におかしな違和感があるのに気づく。
 俺は、四十年かけても大人にはなれなかった。だが、歳月ぶんの老いは確実に近づいている。
「あんまり痛いから、トイレの中で泣いていたんだ」
 恭介が、くすりと笑った。
「先にやっているよ」
 晟一がビール瓶を持ち上げる。
「慎次くんも、飲むだろう?」
「いただきます。あの一家は?」
 奥にいた親子連れの姿はなかった。
「坊やがあんまり泣きやまないから、あのまま出て行っちゃったの」
 咲枝が肩をすくめた。
「うなぎを食べずに?」
「そう。なにも注文しなかった」
 晟一が、慎次の前にグラスを置いて、ビールを注ぐ。
「せっかく来たのに、もったいないな」
「ハンバーグを食えばいいんだ」
 恭介がぶっきらぼうに言う。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん