連載
ごめん。
第十二話 ハッピーエンド 加藤 元 Gen Kato

     一

 口をついて出た最初の言葉は、ごめんなさい、だった。
「お待たせしましたか」
 いいや、と、鍋島克明(なべしまかつあき)は眼をまるくした。
「約束した十時にはまだなっていない。五分前だよ。俺は営業体質が沁(し)みついちゃっているからね。早めに動く。それだけなんだ。気にしないで」
「はあ、すみません」
 篠崎寿見子(しのざきすみこ)はふたたび軽く頭を下げた。鍋島克明はあきれたように首を横に振った。
「あなたは、謝ってばかりいるひとだね」
「すみません」
 また、謝っちゃった。
 そのとおり、自分は謝ってばかりいる人間なのだと、寿見子はつくづく思う。
 子供のころから、他人の顔色を窺ってばかりいる。なるべく誰にでも愛想よく、にこにこ笑顔でいる。そして、怒られる前に謝ってしまう。そうすれば、他人は自分を受け入れてくれる、許してくれるという期待。
 幼かった寿見子にできた、唯一の処世術。
「あんまり謝らないでほしいなあ」
 言って、鍋島は歩き出した。
「行こうか」
 四月半ばの日曜日の朝。晴れた空に澄んだ空気。駅前の雑踏も、いつもよりは流れがゆるやかだ。行き先は、その駅から大通り沿いにまっすぐ歩いて、橋を二つ渡った場所にある映画館。今日は、職場の先輩である鍋島との、はじめてのデートと言うことになるのだろう。

     *

 鍋島とは、それまでは特に親しいわけでもなかった。
 数日前、会社の同僚である清水富江(しみずとみえ)と雑談するうち、たまたま映画の話題になった。
「よかったのよ、すごく」
 富江は、最近観たばかりだというアメリカの恋愛作品(もの)について、熱く語っていた。
「ごく普通のおじさんとおばさんの不倫なんだけど、いい話だった。そんなに簡単にできちゃうわけでもなくてさ。ヒロインはアメリカ人のわりに身持ちが固い女なのよ」
 アメリカ人に対してずいぶん失礼な発言をするな、と寿見子は思うが、水は差さずにおく。



 
〈プロフィール〉
加藤元(かとう・げん)
1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『日蔭旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。
Back number
第十三話 しゃぼん玉(最終回)
第十二話 ハッピーエンド
第十一話 十四と四十
第十話 小言幸兵衛
第九話 うさぎが転んだ
第八話 ごめんじゃすまない
第七話 ナニサマ
第六話 電話家族
第五話 かすがい
第四話 悪い妻で、ごめんなさい
第三話 ごめんね、ママ
第二話 いつだって俺から、ごめん
第一話 ふつうじゃなくて、ごめん